(0) 失せもの七不思議

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(0) 失せもの七不思議

 私の通っている丸抜(まるばつ)小学校には、七不思議がある。しかもこの七不思議は「失せもの七不思議」とも呼ばれている。なぜかといえば、本来ならあるはずのものがない、あるいは足りていない、という謎が七つあって「失せもの七不思議」と呼ばれるようになったのだ。  理科準備室に眠る人体模型の心臓がない、とか。  校長室の裏にある池には、八匹の鯉がいるはずなのに、いつ数えても七匹しかいない、とか。  そんな「失せもの七不思議」のうちでも、とくに有名な謎がある。七不思議に興味がない生徒や、怖がりの生徒でも必ず知っている謎。それは音楽室の「逃げたモーツァルト」だ。  音楽室前のろうかには、ずらりと偉大な音楽家の肖像画が並んでいる。バッハ、ベートーヴェン、ショパン、リスト……。その中にはもちろん、有名なモーツァルトの肖像画も並んでいる。しかしその肖像画にモーツァルトのすがたはない。その肖像画にはうす暗い背景があるだけで、人のすがたがない。ひと目、見ただけでは、だれの肖像画かなんて分からない。肖像画の下部にかろうじて「モーツァルト」と名前が書かれているから「ああ、モーツァルトの肖像画なんだな」と分かる。 「逃げたモーツァルト」は、だいぶ前から丸抜小学校で伝わっている七不思議だった。  何年も前のある日、突然モーツァルトのすがたが消えてしまったそうだ。すると、音楽の先生が「だれのイタズラですか!」と翌日の朝礼で怒りながら、すぐにモーツァルトのいる肖像画を貼りなおした。それなのに二、三日経つと、再びモーツァルトのいない肖像画に戻ってしまっていたのだという。  モーツァルトのすがただけが消えた肖像画なんて、不気味でしょうがない。モーツァルトの目を黒ペンで塗りつぶすとか、乱暴だけれど肖像画を破り捨てる、とかなら誰にでもできてしまうイタズラだし、きっと七不思議になんてならなかっただろう。けれど、肖像画の中からモーツァルトのすがただけが消えているのだ。この謎のせいで生徒の中からは、音楽室をお化け屋敷扱いする人もいるぐらいだ。いつだっただろうか、こんなうわさも流れていた。 「夕暮れになると、音楽室の前を、モーツァルトがフラフラと歩いている」 「雨の日のうす暗い校舎でピアノが聞こえる。肖像画から逃げ出したモーツァルトが弾いているらしい」  そんなうわさが、あるときふと流行ったと思ったら、またいつの間にか聞かなくなる……ということが一年のうち何度かある。  毎年、新学期になると、音楽の先生が「今年こそは」とモーツァルトのいる肖像画を貼りなおす。けれど二日と待たずに、モーツァルトの消えた肖像画に戻っているという。  モーツァルトは意思を持って消えるのだろうか? 「逃げたモーツァルト」が実在するというなら、そのモーツァルトは何から逃げたというのだろう?  それとも誰か人の仕業なのだろうか?  さて、私は今回、その謎に挑むことになる。  私――つまりこの物語の探偵の名前は、半田多満子(はんだたまこ)。 まだまだ未熟な私のことを、人は〈半熟探偵〉と呼ぶ。
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