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(4) カミサマはだれだ
翌日の土曜日は、近所の千紘と一緒に公園で日向ぼっこをしていた。でも、ただぼんやりしていたわけではなく、暗号を解くための作戦会議だった。私と千紘は朝から公園のベンチに座って「ああでもない」「こうでもない」と話し合っていた。
けれど、謎を解けそうな手がかりはなく、会話も行き詰まり始めた。すると千紘が「そういえば、読んだよ」と言いだした。
「なにを?」
「ほら、私が借りた『探偵はピアノマン!』の四巻。涙のレクイエム殺人事件だよ」
私はおどろいて千紘の顔をまじまじと見た。
「もう読んだの? 本当に千紘は本を読むのが早いね」
千紘は私のおどろいた様子に笑いながら、本の話を楽しそうにはじめた。
「ネタバレしないように話すと、今回はモーツァルトの楽曲が謎を解くヒントになったり、犯人を示すカギになってたんだ。涙のレクイエムってタイトルも、ちゃんとモーツァルトに絡めた意味があって……」
私は「そういえば」と千紘の説明に思わず口をはさんだ。
「レクイエムって、モーツァルトの最後の曲だっけ?」
千紘は口をはさまれたことに意を介さず、うん、とうなずいた。
「そうだよ。それに、モーツァルトの子どものころの話も書いてあって、おもしろかった」
「子どものころ?」
私は水筒を取り出してひと口飲みながら千紘の話に耳を傾けていた。中身の麦茶がまだひんやりしていてのどをスッと通っていく。
「モーツァルトは本名が『ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト』って言ってね。そのアマデウスって言うのは、『神に愛された人』って意味なんだって」
水筒の口をしめながら、私は目を大きくした。
「へえ! 神様に愛されたから、モーツァルトは有名になったのかな?」
千紘は「そうだね」とうなずく。
「うん。子どものころから神童って呼ばれるぐらい才能豊かな人だったって。でも、子どもらしい育て方じゃなくて、幼いころから大人顔負けの音楽家として育てられたから、その反動なのかな、ずっと子どもっぽい性格で、大人になってから苦労もしたんだって」
千紘の説明に私も「へえ」とうなずく。天才とか神童って呼ばれる人は、すでに神様に愛されたかのような存在なのに、それでも苦労したりするもんなんだなあ、と思ったのだ。
私だったら、どうだろう。自分が天才! とか神童! って呼ばれたら。きっと、うれしいだろうなあ。天才探偵! とか、呼ばれたい。だれからも頼られて、たくさんお礼されて、注目もされるんだあ。そうなったら良いだろうな。……と妄想をくり広げていたら、千紘はこう言った。「私は平凡で良かった」と。
「なんで?」
私と真逆の考えに、おどろいて尋ねた。すると千紘は空を見上げながらポツリポツリと答えた。
「べつに、天才とか神童にこだわらなくてね。物語の主人公って大変そうじゃない? 犯人とか敵役も嫌だなあ。ほら、人に嫌われるのは、多満子も嫌でしょう? そんな役になるより、無名で平凡な人間でいたいなあって。私はしずかに本を読んでいたいし、本を楽しめればそれでいいの」
私は思わず「わかんない」と答えてしまった。千紘はクスッと笑いながら「だろうね」と言った。
「だって、探偵になりたいなんて言いだすんだもん。多満子は主人公になるタイプの人だよね」
そこまで出しゃばりたいとは思ってないけど……と思いつつ、ふとお父さんの言葉を思いだした。
「そういえばお父さんが「お前の人生の主人公はお前なんだぞ!」って言ってたよ?」
千紘は「いやいや」と手を横に振る。
「私は多満子の人生のわき役で良いよ」
「いや、親友役だから。重要な役だよ?」
私の言葉に千紘はお腹を抱えて笑った。
「……それに、このままじゃ私、探偵になれないよ」
そう言って私はあの白い封筒を取り出した。百葉箱で見つけたときと同じ封筒。中にはあの挑戦状が入っている。
「これが解けないと、私もわき役の「町人A」とかになっちゃう」
「探偵になれなくてもさ、多満子にはほら、「トランぺッター」って名前があるでしょうに。大丈夫だよ」
千紘がからかうように言うと、私の手から挑戦状を奪った。
「なんか、パソコンで打ち込んだような、キレイな文字なんだよね」
「そうだよね。こんなにキレイな文字をかける人がいるんだね」
千紘は「ちがくて」と挑戦状を太陽に透かすようにかかげた。
「そうだけど、ちがうんだよ。もっとクセのある字だったら、探しやすかったのに、って思ったの」
「あ、そういう意味か……」
私はうなずく。そして千紘の横から挑戦状をのぞきこんだ。
特筆すべきことがないほど、特徴のない文字。キレイな並びは、千紘がたとえたようにパソコンで打ち込んだのではと感じてしまうほどだ。読みやすくて良いけれど、もし私が筆跡鑑定人なら、鑑定できなくてギブアップしていた。もちろん、探偵の私は暗号がとけなくてギブアップしそうだけど。
くり返し挑戦状を読み上げる。昨日から何度目だろう。暗記が苦手な私でも、暗記してしまいそうなほど読みこんでいた。
「これは挑戦状だ。頭をつかえ。まずこの暗号をよく読め。一行も無駄ではない。そして読み落とすことなかれ。頭からきちんと読め。問題はむずかしくない。あきらめることなかれ。私のヒントを、与えよう。頭文字がKだ。あと一つヒントを出す。なぜこの暗号は、実に読みにくいか。あきらかな答えが、この文にはあるぞ。今キミの健闘を祈る。……無駄ではないってことは、何かを削ったりする必要はないんだよね」
「じゃあ、足すのかな?」
「足すなら足すって書きそうな気もする」
私は頭を抱えた。公園ではハトが気持ちよさそうに日向ぼっこしている。気づけば十二時を知らせる市内の時報が遠くから聞こえてきた。
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