(4) カミサマはだれだ

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 千紘は午後から習い事があると言って、正午の時報で私たちは解散した。家に帰るとちょうどオムライスができあがったところだった。お母さんの得意料理だ。手を洗った私はテーブルにつく。するとテーブルの上には二枚のお皿と一緒に数枚のハガキが置いてあった。 「お父さんは?」 「近所の人たちとゴルフよ」 「これは……手紙?」 「そう。ほとんどダイレクトメールだけど」  私は「ふーん」とハガキを眺めていると、一枚のあて名に違和感を覚えた。そこには「半田玉子様」と書かれていたのだ。だれ宛のハガキなのだろう? 「……ってこれ、もしかして私宛?」 「どうしたの?」  私はそのハガキを手に取るとお母さんに見せた。お母さんはフライパンを巧みに操って、うすい卵でキレイに巻いたオムライスを運んできた。 「なあに……ってあら、ふふふ」  お母さんは笑いながらお皿にオムライスをのせた。あざやかな黄色のおいしそうなオムライスだ。けれど笑い事じゃない。 「たまにあるんだよね、私の名前が間違ってるの。玉子、じゃないよ。多満子! 多く満足する子ども、って書くのに!」  私はあきれたようにため息をつくと、そのダイレクトメールを半分にちぎった。半分にしてからどこからのダイレクトメールだろうと裏返してみた。送り主は駅前の新しい塾からだった。ゼッタイに行くもんか、と心のうちで舌を出す。  するとお母さんが「あら、多満子。ちがうわよ」と言ってもう一度笑った。 「多く満点をとれる子、という意味でつけたの」  私は「ウソだぁ」と言って笑った。もしそんな意図で名づけたというのなら、悲しすぎる。音楽以外、満点なんて久しくとれていない。しかも土屋先生の甘い添削で音楽のテストも満点をとらせてもらっているというのに。  昨年度最後の音楽のテストで、「この歌詞の楽曲名を答えましょう」と出題されたとき、正しいタイトルを書いたものの、漢字ミスをしてしまったのだ。ほかの教科の先生だったらバツにされていたかもしれないけれど、土屋先生は「次は気をつけましょうね」と言って丸をくれたのだ。おかげでそのテストでは満点をとれたけど、複雑な満点だった――そんなことを思いだしてしまった。私は苦い顔をした。 「現実は厳しいわね」  お母さんがスプーンでオムライスをすくって、先に食べ始めている。私も「そうですね」とまるで他人事のように答えてからスプーンを取ろう――としたけれど、思わずスプーンを取りこぼしてしまった。 「多満子?」  お母さんが怪しむように私の顔をうかがった。私はすぐに「大丈夫、なんでもない」と言って急いでオムライスを口にした。熱かった。けれど、次のひと口をすくって、口の中のアツアツオムライスを飲みこむのに必死だった。 「それじゃあ、ごちそうさま」 「もう、味わって食べてよね」 「おいしかったよ!」 「そう、ならよかったわ」  お母さんがまだ半分も食べていないうちに、私はオムライスをペロリと平らげた。そして急いで部屋に戻った。 「多満子は多く満足する子。多く満点をとる子。そうだよ、これだ!」  私はつくえの上に挑戦状を広げた。 〈Kore wa tyousenjo da  Atama wo tsukae  Mazu kono angou wo yoku yome  Ichigyo mo muda dewa nai  Soshite yomiotosu koto nakare  Atama kara kichinto yome  Mondai wa muzukashiku nai  Akirameru koto nakare  Watashi no hinto wo  Atae you  Kashira mozi ga K da  Ato hitotsu hinto wo dasu  Naze kono angou wa  Zitsu ni yominikui ka  Akirakana kotae ga  Kono bun niwa aru zo  Ima kimi no kento wo inoru〉  この文章にはすでにヒントがちりばめられていたのだ。抜き出してみる。 〈頭をつかえ〉 〈そして読み落とすことなかれ〉 〈頭からきちんと読め〉 〈問題はむずかしくない〉 〈あきらかな答えが、この文にはあるぞ〉 「つまり、文の頭だけを読んでいくんだ!」 〈多く  満足する(あるいは、満点をとる)  子ども〉  この頭文字を取って「多満子」と読むように、私はこの挑戦状の一文字目をたてに読んでいった。すると――。 「KAMISAMA WA KANZAKI」  カミサマは神崎。そう、読めた。だから挑戦状のヒントにも「頭文字はK」というヒントが出てきたんだ。 「神崎……栞のことだ!」  神崎栞。頭文字もちゃんと「K」である。  私は答えがひらめくと同時に、図書室のカウンターに座っていた神崎栞のすがたが脳裏に浮かび上がった。記憶の中の栞が私と目が合うと、ニヤリとほくそ笑んだように思えて、背筋がゾクッとした。
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