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月曜日の朝。私は千紘と待ち合わせると、登校中に挑戦状の謎が解けたと言って、答えが栞を指していたことを教えた。すると千紘は挑戦状を読み返して「本当だ……」と感心したようにため息をもらした。
「神崎くんが、犯人。というか、カミサマ。でも、どうしてだろう?」
千紘の言葉に、私は「知らないよ」と憤る。
「でも、この挑戦状をつきだして、答えを聞くよ。あと、謝ってもらわないとね」
「謝る?」
「千紘の本を一瞬でも盗んだんだよ? 謝ってもらわなくちゃ」
ほほを膨らませながら、私は足早に学校に向かう。校門が見えてきたとき、ちょうど反対側の細道から栞のすがたが現れたのを見つけた。
「栞!」
私は叫ぶと同時にかけだした。栞は私の声に顔を上げると、ニヤリとあの不気味な顔を見せた。
「どうした、タマ」
「どうした、じゃないわよ!」
追いついた千紘から挑戦状を奪うと、栞の顔面につきだした。
「これ! 知らないとは言わせないよ」
「ああ、やっと分かったのか。遅かったな」
「お、遅かったな、ですって?」
私は血管が切れそうなほど怒っていた。なのに栞の方は相変わらず、涼し気な顔をしている。
「ここじゃあ、人の目がある。ランドセルを置いて図書室に来い」
栞はそう言うと、私と千紘を置いて先に下駄箱へと行ってしまった。まだ、何も言えていないというのに、完全に栞のペースだった。
「腹立つなあ!」
「まあまあ。多満子、ほら、行こう」
千紘になだめられながら、私は鼻息を荒くして下駄箱に向かう。そこにはもう栞の姿がなくて、さらにいら立ちは増した。
「千紘!」
「な、なに? 多満子」
私があらぶっている様子に千紘はおののきながら、その場を取りつくろおうとヘラリと笑って見せた。その笑顔に一瞬、私の心がすべてを許しそうになったけれど、我に返ってこう言った。
「ランドセルを置きに行かないでまっすぐ図書室に行こう! そしてランドセルを置いてきた栞を見て「待たせないでよ」って言ってやろう!」
「わ、わかったよ」
千紘がうなずくのを見て、私は階段を駆け上がった。
しかし私のたくらみはむなしく、私たちと同じくランドセルを持ったまま図書室に来たらしい栞は、奥のカウンターの席で、私と千紘が来るのを悠々と待っていた。
「もう! 栞って嫌味なヤツだったんだね」
「嫌味で結構、コケコッコー」
栞は私をいら立たせる天才だと思った。私は怒りでブルブルと震えた。
「多満子、落ち着いて。深呼吸」
私は千紘に背中をさすられながら落ち着くように言われた。しかたなく言われた通りに深呼吸をする。吸って、吐いて……。五回もくり返せばだんだんと怒りは落ち着いていった。
「まず、栞には謝ってほしい」
「何を? だれに?」
「千紘の借りた本を盗ったこと。もちろん、千紘に。千紘は相当、不安になったんだから」
「ああ、そのこと」
栞はまるで気づきもしなかったと言わんばかりの表情でうなずくと、千紘に向かって「悪かったな」と小さく頭を下げた。
「千紘、大丈夫? 許せないならあと三回は謝らせるよ?」
私がそう言うと、千紘は「大丈夫、良いよ」と笑った。そしてランドセルからあの『探偵はピアノマン!』の四巻を取り出すと「返却しても良い?」と栞に渡した。栞は「いいよ」と本を受け取って図書カードの手続きをさっさと済ませた。
千紘が本を戻しに行く間に、私は栞にたずねた。
「これは私たち宛てで間違いないんでしょうね?」
「ああ、そうだ。タマ宛の挑戦状だ」
「なんで私たちを試すようなことをしたの?」
「試したかったから」
栞はイスにもたれかかりながら、挑戦的な視線で私を見上げていた。その視線に思わず私は眉をひそめた。
「何を試したかったの?」
「探偵役をちゃんと務められるかどうか。最低限の推理力や観察力、発想力があるかどうかを試させてもらったんだよ」
「じゃあ合格ってことで良いのかな?」
すると栞は「どうしよっかなあ」とカウンターに頬杖をついた。小ばかにするような態度に、ふつふつといら立ちがまた湧き上がる。
「そもそも、栞の目的がよく分からないよ」
「分からないのか? 探偵なのに?」
カチンとくる言い方に私は拳を強くにぎる。そしてカッカとしている頭を必死にめぐらせて考えた。
「私と一緒に、土屋先生の無罪を証明したい?」
「ハズレ。もっと冷静になって考えろよ」
「……ぐう」
冷静に――その言葉で思いだすことがあった。私はまだ栞が犯人だと分かっていないとき、千紘の本を盗った犯人に対して怒りがこみ上げた。その怒りに任せて算数の計算問題を解いたら、ケアレスミスをしてしまったことを。
足元を見て考える。目を閉じれば、少しずついら立ちが落ち着くと、私にも「栞の目的」という答えが見えてきた。ゆっくりと目を開く。
「七不思議の謎を解きたい?」
「正解。考えりゃ分かるだろ?」
「そうだね。落ち着いて考えれば簡単だったよ」
私はうなずきながらも栞をにらむ。
「それで? なんでわざわざ私っていう探偵役が必要だったの?」
すると栞は手を組んで真剣な表情に変わった。私を見上げる視線にも熱がこもる。
「逃げたモーツァルトの正体を暴くには、オレの推理力だけじゃ足りない」
「何が?」
「証拠だ」
栞はカウンターを指先でトントンとたたきながら言った。
「証拠を探すために動く足が必要だった。オレは推理するだけだ。その推理が正しかったことを証明する探偵役が必要なんだ」
栞の説明に、私はうろたえた。
「それじゃあ、よく分からないよ」
「じゃあ、こういえば納得するかな……。オレは、探偵になりたいんじゃない。探偵を育てたいんだ」
私は首をかしげた。
「育てたい? なりたいんじゃなくて?」
「言ったらだろ? オレは探偵になりたいんじゃない。むしろ、なりたくない。探偵を育てたいんだ。オレの手のひらで踊る探偵を」
そう言って笑う栞の表情に、背筋がぞくりとして鳥肌が立った。
「でも、それって――」
私が栞に反論を試みたタイミングでチャイムが鳴り響いた。
「もう教室に行く時間だ。放課後、また図書室に来い。それまでに探偵になりたいか、あるいはやめるか。考えておけ」
栞はそう言って立ち上がると、ランドセルを肩に引っ掛けて私たちにあごで「出ろ」と指示した。私はしぶしぶ千紘を連れて図書室を出る。すると後から、栞がカギを持って図書室を出てきた。
「あれ? そのカギって……」
「秘密にしておけよ? 内緒の合鍵なんだから」
栞はそう言ってカギを閉めると、私に向かって舌を出した。やっと栞の弱みをにぎれた、と思ったけれど、素直に喜べなかった。彼の弱みを私が有効に使える日は果たしてくるのだろうか。すでに暗号などで散々、私を操っていた栞に、私が敵う日が来るのだろうか、と不安がこみ上げてきた。
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