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(2) カエル
放課後、教室に残った生徒が全員いなくなったところで、私と千紘は教室中をはいずり回って本を探した。クラスメート全員のつくえの中を見て、ロッカーもひとつ残らず確認した。けれど千紘の借りた本、『探偵はピアノマン!』の四巻「涙のレクイエム殺人事件」は見つからなかった。
「もう、誰かが持ち帰っちゃったのかもしれないね」
千紘はか細い声でそう言うと、うなだれながら教室を出ていった。
「トイレに行ってくるね」
「わかった、いってらっしゃい」
私はしおれた千紘を見ていられなくて、二周目になるにも関わらず、再びつくえの中を見て回りはじめた。窓際から三人目のつくえの中を見ていると、パタパタと駆けてくる足音が聞こえてきた。
「多満子!」
それは千紘だった。困惑しながらもうれしそうな、複雑な表情の千紘が、私の方へと駆けてくると、私のうでを強くつかんで何も言わずに教室を出ていく。
「ちょっと、どうしたの? 千紘」
「いいから、来て!」
私がおどろいたままついて行くと、千紘はトイレの前で急停止した。そしてずいっと私の方へふり返った。勢いよく「見て!」と指さしている。そこは男子トイレと女子トイレの中間にあたる壁で、飾り棚のせまいスペースには細い花瓶がひとつ飾られていた。その花瓶のとなりには――。
「ほ、本だ!」
私は花瓶より少し奥に隠れるように置かれている本を見つけた。上下逆さまに立てかけられたその本は、千紘とあちこち探した『探偵はピアノマン!』シリーズの四巻目で間違いなかった。
本を手に取ると、私はまず本の全ページを一気にめくっていった。あの英語文の書かれた紙を探そうと思ったのだ。しかし二度にわたって最初のページから最後のページまでめくってみても、二つ折りの紙は見当たらなかった。
「ちぇっ。犯人のヤツ、あの紙が目当てだったんだ。ほら、無くなってるよ。まんまと盗られちゃったみたい」
私がそう言いながら千紘に本を手渡すと、千紘は安心したように「はあ……」とため息をつきながら本を抱きしめた。
「良かった、本が見つかって。弁償することとか、先生に「本を失くした」って言うこととか考えてたら、怖かった」
千紘はギュッと目を閉じて、うれしそうに口元をほころばせている。そのようすに私もホッと胸をなで下ろした。
「うん、そうだね。とりあえず本が見つかって良かった」
すると千紘は「ふふっ」と笑った。
「多満子は暗号がなくなって、相当ショックみたいだね」
私は「まあね」とおどけて笑いながらも、首を横に振った。
「でも、やっぱり本が見つかって良かったよ。自分の本がなくなるより、困るもんね。借りたものだから」
「うん――じゃあ、トイレ行ってくるから、本を持ってて」
千紘がそう言って私に本を預けると、トイレに駆け込んだ。そうだ、トイレに行こうとした千紘がこの本を見つけたんだ。トイレどころじゃなかったんだろうな、と私は思いつつ、もう一度、本をゆっくりと眺めてみた。すると、ページの間のある一カ所が浮いているのに気づいた。
「なんだろう?」
本を一度閉じて水平にしてみる。するとやはりページとページの間が浮いている一カ所が目についた。そっと指を添えて浮いたページを開いてみると、さっきは見つからなかったあるものがはさんであった。
「これは……カエル?」
それは白い小さなカエルだった。正しくは〈折り紙で作られた〉白い小さなカエル。
「白いカエル? あ、ちがう。白いんじゃない」
私はそのカエルを裏返して見て分かった。これは白い紙で折られたのではなく、片面が緑色の折り紙なんだ。そして緑色の面を内側に折られて作られたカエルだったのだ。
「でも、なんでだろう? 普通ならカエルって、白が内側で緑を外側にして折るよね? 間違えた、のかな?」
思わず首をかしげてカエルをひっくり返してみる。三百六十度グルグルと見ていると、千紘が戻ってきた。
「ただいま……どうしたの? そのカエルさん」
「これね、本にはさんであったの」
「本に?」
千紘はハンカチで手を拭くと、私の手の平から、白いカエルの折り紙をつまむように取った。
「なんかヘンだね」
「でしょう?」
私は千紘と一緒に教室まで戻ると、千紘のとなりの席に座って首をひねった。白いカエルはつくえの上で大人しくしている。
「英語の暗号文を盗んだ犯人は、代わりにカエルの折り紙をはさんだの?」
「そういうことになるのかな?」
千紘は私のことばに「うんうん、そっかあ……」とうなずくだけで、何の答えも浮かばない様子だった。
「そういえばさ」
千紘がつくえに置いて大事そうに手をのせている『探偵はピアノマン!』を私は指さして言った。
「この本も、逆さまだったよね」
「逆さま?」
「逆さまに置いてあったよね」
千紘は思いだすように、すこしだけ頭をひねった。しばらくして「うん、上下が逆さまになって立ててあったね」とうなずいた。
花瓶の奥に立ててあったこの本は、逆さまに立てられていた。最初はわざとかと思っていた。けれど……。
「本は逆さま。カエルも裏表が逆」
私はカエルをあちこちから見てみると、ふと興味がわいた。
「ねえ、千紘。このカエルさん、解体してみようか」
「解体?」
「開くの」
「開くとどうなるの?」
私は「それを確かめるの!」と言って、折り目をていねいにのばしたり開いたりしていった。破かないように、慎重に。
逆さまに立ててあった本。カエルは裏と表で色が逆。つまり折ってあるカエルの折り紙も、逆さまにする――つまり元の、一枚の紙に戻しちゃえ、と思ったのだ。強引な考えかもしれないけれど、私にはその考えが正しいという謎の自信があった。
「ビンゴ!」
私はカエルの折り紙を開いた瞬間、叫んでいた。
内側に折られていた緑色の面に、えんぴつで文字が書かれていたのだ。それを見た千紘が飛び上がる。
「すごいよ、多満子! さすが探偵トランぺッター!」
「へへへ、どうもどうも」
思わず照れながら折り紙の文字を読み上げた。
〈犬が西向きゃ 尾は東
犬が東向きゃ 尾は西に
本が来たなら ぼくはどこ?
本が北ならば ぼくはどこ?〉
私は思わず、つばをゴクリと飲んだ。
「ねえ、多満子……。これって」
千紘も何かを感じたように、私とこのくしゃくしゃの折り紙とを見比べている。これはもしかして……。
「これは、正真正銘の暗号文だよね」
私も千紘を見つめて、「これ、どういう意味だろう?」とたずねたきり、しばらくだまってしまった。
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