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女衒
「着信6回って、アホだろ───はい、慧史です。はい。すんませんした。……けどっ……。…………い。いや……でも、俺だって…………はいぃっ!!!……わかってます。……わかってますって。……はい……は……。チッ」
通話が終わったのか慧ちゃんは盛大な舌打ちをすると、まるでスマホそのものが憎いみたいな目で睨みつけた。
「どうせ……俺は…………ちくしょ!!」
派手な音立ててスマホが壁にぶつけられた。
「け…いちゃん?」
こんな風に酔っ払って感情を剥き出しにする慧ちゃんを見るのは初めてだった。どうしていいかわからないでいる俺に目を向けることもなく、慧ちゃんはその場に立ち上がった。
「帰れ」
俺に言ってるのか卯花さんに言ってるのかがわからなくて固まってた俺に、俺のショルダーリュックが投げつけられた。
「慧ちゃん」
「いいから帰れ。邪魔ばっかされて、萎えた」
「でも……」
二の足を踏む俺に卯花さんからも声がかけられる。
「悪いな、輝夜。助かった。もう帰ってくれていいから。タクシー代足りるか?」
そんなふうに言われたら帰らないわけにもいかない。
「そこまで送るよ」
マンションに来たのも初めてなら、慧ちゃんの見送りがないのも初めてだったかもしれない。
玄関から出ると卯花さんは大きく溜息をついた。
「悪かった。あいつ女衒みたいな仕事ばっかりもう嫌だって、勝手に別の件に首つっこんだんだよ。それで横から上に物言いが入ってな。お説教で、自棄酒だ」
「ゼゲン?」
「はは。今の店とかそういうやつな。もともと腕っ節に自信ある奴だからな。気持ちはわかるけど、あの容姿だとどうしてもなあ」
いつも泰然としてる慧ちゃん。
そんなこと聞かされたら。
そんな業務用じゃない姿を知ってしまったら。
俺、益々、離れられなくなる。
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