商品だけど

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商品だけど

「昨日のことは、あれだ、ノーカンで頼む」  慧ちゃんから電話がかかってきたかと思ったら開口一番にそんなこというから、仕事の後でアゴが疲れてたっていうもあって、口元が緩んでカップスープを垂らしてしまった。 「昨日のことって何のこと?」  わかってるけど、聞いてみる。  だって、こんなふうに言いにくそうに話されたら、そんな気分になるでしょ? 「……全部」 「だから何を全部?」 「俺に関わる記憶全部」  憮然とした口調に服に垂らしたスープを拭いながら、少し笑ってしまった。 「無理だよ。記憶喪失にでもならない限り」 「じゃあ、なれよ」  うわ……。  なんだろ、この会話。  なんか。  嬉しいな。  こういうの、あの新店舗の子は、知ってる?  知らないなら、いいな。  俺は特別って、幻想もてるもん。 「無理だよ。慧ちゃんが昨日噛んだ痕、赤くなっててお客さんにまで言われちゃったんだから」 「……マジか……」 「うん。でも、なんか、よかった。お客さんとシてる時も、慧ちゃんがいるみたいで」  肩口に触れたら少しだけジンワリと痛んで、お客さんとのエッチが、いつもより気持ち良かったんだ。 「勝手に3Pにすんな」 「ふふ。ね、また噛んで?」 「はぁ? おまえ、SM嫌いじゃなかったか?」  嫌いだ。  プレイ頼まれても、俺はSにもMにもなりきれないから。だってあれ、やってるともの凄く虚しくなるんだもん。  でも……。 「ん。だって慧ちゃんがSって知らなかったから」 「…………」 「もしもし?」 「………俺別にSじゃねえし。……商品に傷つけるとか、マジありねえな。しばらく酒止めないと」 「ん……ほんと、ありえないね」  今、タイムリーに傷つけられた。  商品。  知ってるけど。  わかってるけど。  口にされると結構きついんだよ?  でも。  それと一緒くらい喜んでる俺がいるから始末が悪い。  自分でも、それどうなのよって思うけど、前の慧ちゃんは絶対俺のこと「商品」なんて言わなかったから。  今は完全に俺のことバカにしてるのかもしれないし、俺が慧ちゃんから離れられないってわかって言ってるのかもしれないけど。  少しは気を許してくれてるって、勝手に思うことにするんだ。    
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