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脈動と涙
「おまえ、なんで店に出た?」
店から与えられてるマンションに現れた慧ちゃんが、ドアを開けた瞬間壁に俺の肩を押し付けて冷たく睨んできたから、怖くて何も言葉が出てこなかった。
「聞いてんだ、答えろ」
「……あ…」
だって慧ちゃんがシュンと居たから。
ホントの理由はそうだけど、今まで見たことないような態度にそんなの言えっこない。慧ちゃんは、ただ震えて見返す俺の腕を強引に引っ張ると俺をソファーの上に突き倒した。
「おまえは、店に、俺の顔に、ドロを塗ったんだ」
卯花さんに止められた半分やけっぱちの90分特別ご指名コース。
普段やらないのは俺の単価を上げる為で、ビデオに出たのは客寄せパンダになる為。ついては店全体の売り上げの為で、慧ちゃんの出世の為。
俺にしてみれば客は皆同じで要はセックスするってだけのことだからそこまで深く考えなかったけど、競るみたいに高い金出して俺を買ってくれる客にしてみればバカにした話なんだってこと。これまでだってぼんやりとは理解してたつもりだったから、お高めの指名料払って貰ったんだけど、そんな簡単な話じゃないんだって今さらながら強く思い知った。
「はした金で突っ込ませる、安っぽい売り子になりたいのか? あん?」
慧ちゃんは言いながら黒いジャケットを脱ぐと、ぞんざいにネクタイを毟り取って、床に投げ捨てた。
「……お……れ……」
「おまえは俺の言う相手とヤってりゃいいんだ」
強い目で睨め付けたまま、ソファーの上の俺にのしかかるように身を置くと、ゆるめに穿いた俺の部屋着のズボンを下着ごとグッと押し下げた。
「今ならすぐ突っ込めるだろ」
いきなり空気に晒された俺自身が露出に馴染む間もなかった。
見も蓋もない言葉に声もあげずにいたら片脚を慧ちゃんの肩に乗っけられて、後孔に冷たい刺激が与えられたかと思った次の瞬間、本当に慧ちゃんのモノを突っ込まれて、その圧迫感に息が止まりそうになった。
「……ん……ぐっ……」
キスも前戯もなにもない、ただローションで濡らしただけの突然の挿入。
今日はそれこそ朝からさんざん突っ込まれてるから、そりゃ前準備なしでも迎え入れることはできたけど、それはそれ、いきなり挿入されたらさすがに気持ちよさなんて皆無で、俺のペニスはすっかり縮こまったまま。
「……け……い、ちゃん、……や……ぁ…」
無言でただ腰を打ち付けるだけの慧ちゃん動きに、まるで自分が無機質なオナホールにでもなった気分だった。
ソファの腕置きの部分を持って体を逃そうとしたら腰を掴まれて引き寄せられて、一層深く突きあげられる。折り曲げられた体と無理矢理広げられた後孔の苦しさに自然と涙が滲んだ。
「…ん…やだっ…お願い、やめて………」
視線を下げても見えるのは体を折った慧ちゃんの頭で。
せめて。
せめてキスだけでも。
そう思って髪に手を伸ばしたら、その手を払われてソファーの背に押し付けられる。
「…けい、ちゃん…」
俺のイイとことか熟知してるはずなのに、俺のことなんかまるで無視するみたいにただただ突きあげる、こんな慧ちゃんは初めてで、どうしていいかわからなくて、それでもなんとかこのぶつけるような挿入に快感を見出そうとした時。
「…ぅ……」
小さく。
本当に小さく。
慧ちゃんの呻きような声が耳に届いた。
荒い息の中。
俺に体を押し付ける度に、小さく。
…え。
あ。
やばい。
どうしよう……。
人間の体はなんて現金なんだろうって、思った。
だってこんな─────
「……は……あっ…んぅ」
気づいたとたんに体が熱くなり、縮こまった筈の分身が角度を持った。
だって。
慧ちゃんのセックスはいつだって慧ちゃん主導の業務用で、慧ちゃんは俺を昂めることに専念するだけで、慧ちゃんがそれにのめりこむことは当然なくて。それは慧ちゃんにとって果たしてセックスなのかと、常思ってた。
だから。
俺の中で一旦大きくなった慧ちゃんがドクドクと脈打った瞬間。
俺は声に出して泣いてしまった。
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