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涙のワケ
「悪かったって」
バツが悪そうに俺の背中を撫でてくれる慧ちゃんは、無理矢理の行為に俺が泣いてるんだと思ってる。
ほんとはそうじゃないけど。
ただ俺の中で達してくれたことが嬉しかっただけだけど、慧ちゃんの手があんまりにも優しいから黙って泣いておくことにする。
「……う…ぅぅ……」
自分でもどうかしてるとは思うんだ。
慧ちゃんにしたら怒りに任せただけの行為なんだろうし、あんな一方的に突っ込まれるレイプまがいの行為に喜ぶとか、間違ってるって。
でも嬉しいんだから、どうしようもない。
「中、出しちまったから出さないと」
いつもの、とりすました業務用とは少し違う訥々とした喋り方にも素の慧ちゃんを感じて涙が止まらなくなる。
もう。
なんで女の子じゃなかったんだろう。
そしたら、俺、妊娠してたかも。
そんなん。
やばいくらい嬉しいのに。
慧ちゃんとの赤ちゃん、たまんないくらい欲しいって思う俺はどっかズレてて、それができないから、だから慧ちゃんから出されたその白いモノを、ずっと体の中に入れとけないかな? なんて、チラっとでも思ったりする俺は、きっととんでもなくズレてる。
「……ぅ……う」
何も返さず、ただ嗚咽を漏らすだけの俺に慧ちゃんは溜息をついて体を起した。
さすがにしつこかったかな?
怒らせたかな?
って不安になった瞬間。
ふわっと体が宙に浮いた。
「風呂行くぞ」
結局キスの一つもない、俺の一人よがりの感情には過ぎないけど。
「ん。ぐすっ…慧ちゃん……大好き」
「……どMじゃねえか」
「ん。慧ちゃん仕様」
「は。俺、Sじゃねえし」
「嘘」
「泣かれたら、どうしていいかわからん」
「じゃあ、泣か、さなきゃ……いいのに」
「まあ、そうなんだけどな。お前が泣いて縋ってくるのは、なかなか気持ちいい」
「……やっぱSだ……」
「はは」
風呂場ではちょっと色っぽいことも期待したんだけど頭からゴシゴシ洗われて、なんかすっかり小さな子供扱いだった。
「髪、乾かして?」
「調子のんなよ」
そんな風に言いながらもドライヤーを手にした慧ちゃんに胸の中が甘く甘く溶けそうになる。
ああ。
嬉しすぎて。
また泣いてしまいそう。
「大好き」
「ああ? なんて?」
ドライヤーの音に紛れて聞こえないフリしてるのが、その口調でわかる。
そんなやりとりも、髪に触れる指も、全部がくすぐったい。
結局その日、慧ちゃんは明け方にあるんだという海外のサッカーの試合を観るんだって言ってマンションに泊まった。
サッカー観たさなんだとしても。
ちょっとは近づいたって、勝手に思うだけなら許してもらえるかな?
うん。
誰にもわからないから。
勝手に思っとく。
「慧ちゃん」
「あん?」
「慧ちゃん」
「なんだよ」
「……ふふ。慧ちゃん」
「んん?」
呼びかけたら応えてくれる。
たったそれだけのことでもフワフワする。
「けーいちゃん」
「んー」
「好きだよ。慧ちゃん」
「んー」
好きだって返されないことが。
そっけないくらいの返事が。
ああ、なんて幸せなんだろう。
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