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人として
里山さんがベルトを締める気配を感じながら、俺は顔にかけられた精液をぬぐうこともせず体を投げ出して壁を見ていた。
「売れっ子をテメエのイロにしたはいいが、あのバカ出し惜しみし始めて、お前とヤリてえって好きモノの金持ちから文句が出てな」
出し惜しみ……?
嘘だ。
だって、今だって俺客とってる。
回数は減ったけど、でも、それは俺の客単価をあげるためで……。
「客えり好みしやがって。断る客がまあそこらの一般人ならいいんだろうが、今日のセンセイ様然り、不動産絡んだ会長様然り大物相手でもお構いなしでな。で、痺れきらしたセンセイ様がどうしても輝夜が欲しいって若頭に直談判だ。そっからまあ何回かデカい話逃がしてるってのが上にバレてな。前々から別件で上に迷惑かけてたのもあって、とうとう謹慎処分だ」
上納金が多いほど組での立ち位置は高くなる。それなら俺を望む金持った相手に好きなだけ抱かせれば良かったんだ。
例えばこのロープや蝋燭が象徴するみたいな行為を要求されても、俺は慧ちゃんに頼まれたら、どんな相手でもきっと断れないから。
でも。
でも俺が先にそんな仕事は嫌だと言ってたから……。
今まで、いかに自分が慧ちゃんが守られていたのか思い知られた。
胸が、熱くなる。
ああ。
慧ちゃん、俺のこと少しは大事に思ってくれてたんだ。
ただの商品。
そうじゃなく。
ちゃんと、人として。
「なら……慧ちゃんがオーナーじゃないなら……俺……店辞める」
借金のしがらみがあるわけじゃない。いつ辞めようが俺の勝手だ。そんで俺は慧ちゃんについていく。
だって俺は慧ちゃんのもんだもん。
慧ちゃんが、そう言ったもん。
「はっ」
けど、そんな俺の言葉に里山さんは厭らしく笑って俺の横にしゃがみこむと、ティッシュを数枚抜き取って、わざとらしい手つきで自分の放った精液をふき取った。
そうしながら俺の耳元に口を寄せてくる。
「冷てぇ奴だなぁ。慧史のイロなら、あいつのこと助けてやっちゃどうだ? てめぇの為に上からの心証悪くして、せっかく今まで築いてきたもんがパアになるとこなんだぞ? 俺ぁな、あいつを中坊の頃から知っててな、エラい思いしてここまで這い上がってきてるとこ見てんだわ。ちょっと手ぇ焼かされたりもしたけどな、こんなつまんねえことで躓かせたくねえんだ。でな、てめえが臍曲げずにセンセイ様の所行きゃあ、慧史の件も解決。それどころかな、てめぇを囲わせてくれんなら慧史の後ろだてになってもいいって言ってくれてんだよ」
「……囲…う…」
「そしたら慧史も女衒じゃなくて、でかいしのぎができるようになる。……なぁ、てめえも慧史に惚れてんなら、ちったぁ気概見せてみろ」
携帯に悪態をついていた慧ちゃんとの姿と卯花さんの言っていた言葉が浮かぶ。
本当は風俗のあっせん業みたいな仕事が嫌で、そうじゃないことに首つっこんで怒られたって話。
「……俺…は…」
「店辞めたところで、中卒で学のねえてめぇに今さら大した仕事なんてできるわけねえ。どうせ男に突っ込まれんのが仕事ってのが変わんねえんなら、惚れた男の為にその穴使えよ」
散々な物言いが胸に刺さる。
そしてその言葉をやたら鋭利に感じるのは、それが、真実だからなんだろう。
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