デート

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デート

「海行こう」 「ふぇっ?」  里山さんにヤられた2日後の朝、それまで連絡の取れなかった慧ちゃんがいきなり現れて、いきなりそんなことを言うから間の抜けた声が出た。   いつもみたいなスーツじゃなくてモッズコートとデニムって格好と、一番にはいつもカッチリしてる髪が整えられていない様に「謹慎」って言葉がのしかかる。  少し痩せたように見えるのは俺の思い込みや気のせいじゃないだろう。  息が苦しくなって、泣きそうになって、広い胸に抱きつきたい気持ちを必死に抑えた。 「ドライブだ。嫌か?」  まだ春になったばかりのこの時期になんで海なんだろうとかそんなことはもうどうでもよくて、首が頭の重みで千切れ飛ぶくらい振ったら、慧ちゃんは小さく笑って俺の額をピンと弾いた。  「慧ちゃんと海とか初めてだっ」  嬉しすぎて顔の筋肉が、なんかもう変な形で固まってしまってる。  初めてなのは海だけじゃなくて、高速のサービスエリアもだったけど、スーツじゃない普段着で明るいおひさまの下を一緒に歩いたことだって、一つのアイスを二人で食べたことだって、俺にとっては宝物になるんだ。  天気は良くて車の中は温かかったけど、やっぱりまだ春先。海岸ぶちに停めた車から降りたとたん受ける冷たい海風に身震いする。  身を固くしてる俺の首に、ふわりと何かが舞った。  香水と混ざった、慧ちゃんの香り。  ダークグレーのマフラーの暖かさに、せっかく戻した顔がまた弛んでくずれてしまう。  いつもの慧ちゃんは年齢より上に見えるように意識してるらしいけど、髪もセットしてない今の慧ちゃんは見ようによっては大学生みたいで、なんかもう、いろいろとメロメロだ。 「へへ」  慧ちゃんはそんな俺に目を向けると、一瞬真顔になって、そして何かを断ち切るみたいに息を吐いた。  と、いきなり俺の頭をちっさな子供にするみたいにクシャクシャにする。 「顔、間抜けすぎ。キリっとしとけ。かぐや姫の名がすたるぞ」 「無理っ」  『月の宮』に所属する輝也(かぐや)だから、かぐや姫とか言われるけど、そんなふうに言われるの実際のところ好きじゃない。俺、男なのに。  ニヤけた顔のままイーってしてやった。
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