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「ゲームクリアです、おめでとうございまーす!」  そんな言葉にぼくは目を覚ました。  卵型のポッドの中に、ぼくは仰向けになっていた。透明な蓋が開かれている。身を起こして見渡すと、周囲にはいくつもの同じポッドがあった。白い部屋で見た人たちがポッドに座っていたりそばに立っていたりして、ぼくに拍手をしている。ぼくが殺したあの人も、照れくさそうな顔をして、向こうの方で手を叩いていた。  彼らが部屋を退場し、ぼくは別の部屋に案内された。ぼくを案内した若い女性は、白い部屋で聞いたのと同じ声をしていた。  だだっぴろい部屋で、ぽつんと置かれたソファーに座る。  その頃には、ぼくは全てを思い出していた。  世界は未知のウイルスに包まれ、人間たちは地下に作ったシェルターに逃げ込んでいること。  ウイルスに冒された人たちは、無差別に人を襲うモンスターになってしまったこと。  そのモンスターを討伐する部隊の加入試験に、ぼくは応募したこと。 「試験合格です。おめでとう」  明るい声で、しかし落ち着いた口調で、女性はぼくの正面のソファーで言った。地下の一角で育てられた茶葉を使った紅茶を飲んでいる。勧められたけど、ぼくはソファーの間のテーブルに置かれたカップに手をつけずにいた。ちょっとした高級品だけど、この苦みがぼくはどうも好きになれない。 「あの中で総当たり的に当たりを選ぶ馬鹿は論外。やみくもに他人に食わせるやつもNG。ヒントの意味を理解しつつ他人の犠牲を有効活用できる君を、討伐部隊に歓迎します」  ぼくら五十人の志願者は、同じ夢の中で試験を受けていた。そして、最初に積まれていた五十個のスライムの中に、初めから当たりはなかったのだ。 「私の言動に逆上する気配もなかったからね。君の脳波も性格も、合格に至るものだと判断したよ」 「一つだけ、聞いてもいいでしょうか」  ぼくが切り出すと、どうぞと彼女はカップをテーブルに置いた。「なんなりと」 「ぼくは試験の間、いろんなことを忘れていました。代わりに違う記憶……ぼくは学生という身分で生きていたという記憶を持っていました。あれは一体何なのですか」 「あれはね、ウイルスが広がる前……つまり地球が平和だった頃の平均的な住民の記憶を借りたんだ。性別や年代の近しい人、かつ特別でない人の記憶を作って、応募者たちにそれぞれ埋め込んだ。……借りたという言い方は語弊があるね」  ぼくの生まれた時からウイルスは蔓延っていて、地上に出たことはなかった。地上での暮らしは、七十歳を超える大人たちの昔話を聞くか書物を読むことでしか知り得ない。  白い部屋で目を覚ました時のことを思い出す。あの時のぼくにあった、ぼくという人間の設定と歴史。 「……すごくいい世界ですね」  作られた過去で、ぼくは明るい陽射しの下を歩いていた。見たことのない太陽の光を浴びて、学校で友人とふざけ合っていた。もっとしっかり記憶を辿っておけばよかったと、少し後悔する。 「その世界を取り戻すのが、私たちだよ」  彼女は、そんなぼくの顔を見てにやりと笑う。  ぼくも彼女の顔を見て、同じように笑い返した。 「近いうちに、必ず」
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