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 眩しい光に網膜が焼けつく。仰向けの姿勢からごろんと寝返りを打ち、目を腕で覆う。身体には硬い床の感触。ぼくはのろのろと半身を起こした。  そこは、床も壁も天井も真っ白な部屋だった。まるで箱のようだ、というのも扉が見当たらないのだ。いったい自分はどうやってここに入ったのか。思い出そうとしても思い出せない。大学の課題を終わらせてベッドに入ったところまでは覚えているが、どうしてここに辿り着いたのかという記憶がない。  一辺約三十メートルの部屋には、ぼくの他にも多数の人がいた。五十人くらいだろうか。下は学生から上は初老の老人まで。男性が多いが、三割ほどは女性だった。彼らもぼくと同様に床に転がっていたが、ぽつりぽつりと目を覚まして起き上がっている。  そして更に異様なのが、部屋の中心にある大きな皿だった。皿の中には白色の物体がピラミッド状に積まれている。餅のような、餅にしてはとろんと形の崩れたスライムのような物体だ。大きさは、握りこぶしより少し大きいぐらい。ぼくらは皿を囲むように放置されていた。 「ここは、どこかね」  ぼくの近くに転がっていた四十代ほどの男性が、半身を起こして言う。 「わかりません」ぼくは座り込んだまま返事をした。ぼくは簡素な白いTシャツとジーンズを着ていたけど、その人は眼鏡をかけ、きちんと紺のスーツの上下を身につけていた。どこからどうみても普通のサラリーマンだ。 「夢でも見ているのだろうか」その人は顎を撫でて、スライムの山を眺めている。「あれはなんだろう」 「スライム、ですかね」  目を覚ました人々が、恐る恐る、もしくは興味津々といった表情で皿に近づいている。ぼくも立ち上がってその中に加わった。壁や床と同じ真っ白なスライムは、静かに山になっている。 「目を覚ましましたかあー?」  ふいに、明るい声が頭上から降って来た。ぼくらはぎょっとして天井を見上げるけど、そこに誰かがいるはずもなく、スピーカーなんかも見当たらない。シーリングライトが白い光を煌々と投げかけているだけ。 「お寝坊さんはいないみたいですね。上等上等!」  この場に似つかわしくない、明るい女の声だ。まるでアニメのようなテンションではしゃいでいる。 「さて、皆さんにはこれから、ゲームをしてもらいます」 「ゲーム?」誰かが呟いた。「それよりここはどこなんだ!」誰かが怒鳴った。 「おーこわ。怒らない怒らない。ここはちょっとした秘密の場所で、助けは来ません。そんで水もなければ、あなたたちには出口も見つけられません。おわかり?」  何人かが壁に寄って叩いたり蹴ったりしてみるが、壁は当然びくともせず、また扉も見つからない。誰もが着のみ着のままで、荷物一つ持っていない。ぼくもズボンのポケットを探ってみたけど、いつも持っているはずのスマートフォンも財布も出てこなかった。 「早く出してよ。子どもを学校に送らないといけないの!」  若い女性がヒステリックに叫ぶ。しかし降ってくる声は「心配ご無用!」と何故か楽しそうに言う。 「皆さんのご家族は、私たちが責任もって面倒をみています。お子さんたちはきちんと学校に送り出します。だからなーんにも心配いりません!」  わあわあと何人もが喚きだしたけど、彼女の言うことには異様な真実味があった。現に、水もなければ扉もないのだ。ぼくらが騒いだところで、それらが現れるとは思えない。 「心配いらないってばあ。ちゃーんとゲームをクリアしたら、部屋から出してあげる。それも簡単なゲームだよ」  昔の映画に、こんなシチュエーションのものがあったことをぼくは思い出していた。それは恐ろしい想像だったけど、彼女のいう「ゲーム」は映画とはだいぶ異なっていた。 「そこに、スライムちゃんたちがいるでしょ? それを食べてほしいの」 「食べる?」初老の男性が素っ頓狂な声を出した。「これは食べられるのか?」 「うん、案外美味しいって話だよ! そこには皆さんの人数と同じ五十個のスライムちゃんがいます。そして一つだけ当たりの子がいるの。それを食べた人が出られまーす」  ふざけんなと声が上がった。それじゃあ一人きりしかここから出られない。 「あらあら。こんなに簡単なゲームだもん。全員クリアなんてつまんないでしょー」  一人一つスライムを食べて、その中の当たりをひいた一人だけが脱出できる。ぼくらの表情は次第に強張り、目には恐怖が宿っていく。 「制限時間はありませーん。といっても、水がないからたかが知れてるけどね! どれを選んでも自由でーす。というか、特にルールはないっていうかあ、とにかく当たりを引いた人だけが出られるって寸法!」 「いい加減にしろ!」「馬鹿にしやがって!」大声が上がる。 「んじゃ、ヒントを一つだけ。当たりを引くのは最も罪深きもの。意味は自分で考えてください。……そんじゃ頑張ってねー!」  女性の声はもう降ってはこなかった。
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