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「たまにはそういうこともありますよ。気にしないでください」
そう言ったのは、爽やかなオフィスカジュアルに身を包んだ若い女性で、純はその人の柔らかな笑顔に思わず足を止めてしまった。
その女性は純に続いて改札を抜けたあと、純に向かって軽く会釈をして立ち去った。
その足取りは非常に軽やかで、一人だけ別の世界にいるかのようにまぶしく見えた。
すぐにあとからやってきたスーツ姿の男性に押しのけられる形で純は再び歩き始めたのだが、しばらくはさっきの女性の声と笑顔が頭から離れなかった。
すっかり急ぐ気がなくなった純は、近くにあったコンビニに寄ってネクタイと朝食を購入し、そのあとすぐにタクシーを捕まえた。
乗ってもどうせワンメーターだからと、時間と体力を金で買うことにしたのである。
奇跡的に始業時刻には間に合って事なきを得たのだが、この日は結局最後まで仕事に身が入らなかった。
ふとしたときにあの女性のことを思い出してしまうのだ。
これが世にいう一目惚れなのか。
そうだとしたら、朝の不運ラッシュも許せるかもしれない。
そんなことを考えながら、純はどうにかしてもう一度あの人に会いたいと思うのだった。
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