プロローグ

3/3
前へ
/258ページ
次へ
「たまにはそういうこともありますよ。気にしないでください」  そう言ったのは、爽やかなオフィスカジュアルに身を包んだ若い女性で、純はその人の柔らかな笑顔に思わず足を止めてしまった。  その女性は純に続いて改札を抜けたあと、純に向かって軽く会釈をして立ち去った。  その足取りは非常に軽やかで、一人だけ別の世界にいるかのようにまぶしく見えた。  すぐにあとからやってきたスーツ姿の男性に押しのけられる形で純は再び歩き始めたのだが、しばらくはさっきの女性の声と笑顔が頭から離れなかった。  すっかり急ぐ気がなくなった純は、近くにあったコンビニに寄ってネクタイと朝食を購入し、そのあとすぐにタクシーを捕まえた。  乗ってもどうせワンメーターだからと、時間と体力を金で買うことにしたのである。  奇跡的に始業時刻には間に合って事なきを得たのだが、この日は結局最後まで仕事に身が入らなかった。  ふとしたときにあの女性のことを思い出してしまうのだ。  これが世にいう一目惚れなのか。  そうだとしたら、朝の不運ラッシュも許せるかもしれない。  そんなことを考えながら、純はどうにかしてもう一度あの人に会いたいと思うのだった。
/258ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加