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1 目覚めたところ
――豊浦市立総合病院
並木道が美しい、その突きあたるところにそれはある。一般病床数六百を超える県内一の総合病院だ。最新医療機器を備え、とくに救急体制を充実させ、ドクターヘリも配置されるなど、その医療体制は充実している。地上八階建て、地下二階建ての近代的な建築デザインで、設計は有名な高岡幸喜建築事務所だ。地下は駐車場と倉庫、機械室からなっていて、その地下一階にそれはある。
[霊安室]
そうプレートが書かれた部屋から、わずかに線香の匂いがしてくる。さきほどまで多くの人がいた。みな沈痛な面持ちで、その横たわった、いまは息もしていないその人間を見つめ、手を合わせていった…。
「ぶふぁあ!」
あーしんど。な、なんだというんだ?…んんんん?なんであたしはこんなとこにいる?うっ、くっそー、超あたま痛てええええええっ。マジか…こりゃ飲み過ぎたか?んんん?いつ飲んだ?最近飲んでねえぞ?まったくあのクソガキのせいでビールも飲め…やけに線香臭せえな…。おいおいおい、こりゃあ…。
「どなたかいらっしゃるんですか?」
ドアが開いた。看護師のようだ。
「あー、ここはどこ?」
「キャアアアアアアアアアアアアアッーーーーー!」
いきなり叫ばれた。なんかすっごく失礼だわ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「看護師は職務歴十年以上のベテランです」
ごっつい体でスーツが悲鳴を上げていそうな男が、デスクのいかにも出来そう、っと言った男にひそひそと話している。刑事三課課長と書かれた札は書類の影に隠れていた。
「それが霊安室で倒れた、と?」
そのデスクに座った初老の、目つきの鋭い男が言った。
「それはそうですよね」
ガタイのいい男はどことなく困った顔をしながらそう答えた。
「つまりそれは、たまたまそこに居合わせた看護師が心臓発作で倒れて、偶然そこでそれがそいつを助けたと?」
「ええ…幸い、救急救命の資格を持ってたようで」
「いやだからそいつが当事者だろ?なんでそんなことに…」
「わかりません。とにかく看護師は心肺停止状態でしたが蘇生して…」
「一命を取り留めた、と…つまり、心臓発作を起こした看護師を、その原因となった死体…いや蘇生した人間が救った?」
「そういうことになりますね」
初老の男は首を大きく振った。
「いやいやいや、そうじゃなくってな、これを一体どう処理すればいいんだってえことだ…いや、そもそもなんで死んだ人間が生き返る?」
「わかりません。医師もそこは理解不能だと」
「それじゃあ誰も過失はない、つまり事件性はない、ということか」
「じ、状況から判断して…」
「マスコミには?」
「あまりに荒唐無稽な話です。最初、警視総監だって信じなかったんですから」
「つまりマスコミには知られてない、と?病院の対応は?」
「まあ、マスコミになど知られれば病院側も迷惑するでしょうし」
発表などできない、か。まあまさか…トラックではねられた人間が…ちゃんと医師の診断も受けて…確実に心肺停止…つまり死んだのを確認されて、明日は火葬場に、という人間が…
普通生き返るか?
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