処理屋アンドリュー

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 今日も大通りは賑わっている。どこを見ても十人以上の通行人が目に映る。  車をしばらく走らせていると、正面に車を呼び止める人物がいる。  予想通り灰色の外套を着た男、今回の標的が呼び止めてきた。  車を止めて後部座席のドアを開ける。標的はゆっくりと車内に入ってくる。 「すみません、中央資料館までお願いします」  運転席から後部座席のドアを閉める。 「わかりました」  返事にかぶせてドアの鍵を閉めておく。ドアと窓ガラスは強化素材のためこれで逃げ場は無くなった。車内で抵抗されたときは即座に始末できる。  牢屋同然の車を中央資料館へと走らせる。 「お客さん、中央資料館なんか行って何するだい?」  ドライバーを装って目的を聞き出す。ネクサスシリーズ全体の目的が分かれば次の仕事に役立つかもしれない。 「ちょっとAIの歴史を調べに。何かと話題じゃないですか」  AI本人がそれを言うのか。怪しまれないための話題なのか本心なのかイマイチ分からない。 「へぇ、お客さんもしかしてAI研究者?」 「いえ、違いますよ。興味本位です」  即答だった。何か気にしているのだろうか。  怪しまれないように他愛無いような会話を続ける。 「それにしても不思議ですよね話題のネクサスシリーズ、AIのくせして処理能力が低いんでしょ? 旧世代の携帯端末より悪いとか」  これは有名な話だった。奴らは処理能力が低いためこの情報社会に追いつけていない。一日も一緒にいれば誰でも見分けられると言われるほどだ。  中には情報改竄を行い、密かに生活する個体もいるが少数だ。政府はその少数による改竄を恐れている。 「でも彼らは代わりに自己増殖機能があります。他に類を見ない機能です」  ネクサスシリーズの最大のセールスポイントのことだ。少々値が張るが、増やせるため何機も購入せずとも数が揃えられる。お得だと言って皆こぞって購入したらしい。平均、一家に二機と大量に出回った。 「そうでした、そこにリソースを使っているからでしたか……あとネットに繋がっていないのも不思議ですよねぇ」  基本AIはネットに繋がっている。しかしネクサスシリーズは一機も繋がっていない。  これは不思議で仕方なかった。ログが残るから嫌がる。というのが専門家の見立てだが、もっと別の理由がある気がした。 「彼らはネットが苦手なんですよ、一つの改竄で世界がひっくり返りますから……」  その話はよく聞く。一つと言うが具体的には何を指すのだろう。  ハンドルの裏のスイッチを押す。車が揺れだしスピードが落ちる。 「あれ? すみませんちょっと調子悪いみたいで、少し見てみますね」  勿論嘘。人通りの少ない道へ入る。  車から降りてボンネットを開ける。ボンネットに隠れて陽電子拳銃を構える。 「すみません、手伝ってもらえませんか?」  標的はすぐに降りてこちらに近づいてくる。何の疑いも無いようだ。 「どこが悪いんですか?」  覗いた瞬間、引き金を引く。  放たれた弾丸は左肘に着弾。弾けて左腕が宙を舞う。  急な出来事で状況が呑み込めていないのかその場にうずくまる。まるで人間そのものだ。 「動くなよ、痛みが増すだけだ」  陽電子拳銃の照準を標的の眉間に合わせる。 「……なんで殺すんですか……僕たちが何をしたって言うんですかっ」  息が荒い、必死に左腕を押さえて痛みに耐えてこちらを睨んでいる。こんなところまで再現する必要があるのだろうか。 「なんでって被害が出ているからだよ。修正パッチしようにも、お前らネットに繋がらないじゃん」  害をなすものは取り除く必要がある。それに処理される選択を取っているのはネクサスシリーズ側だ。文句を言われる筋合いは無い。  しかし標的は一層強く睨んでくる。自分たちに非が無いと言わんばかりに。 「ふざけるなっ、そんな―」  引き金を引く。これ以上は戯言にすらならない。  頭から体液が打ち上げ花火のように飛び散る。崩れ、倒れた身体の頭部に醜い花が咲いた。  写真を撮り、局長へ送る。これで口座に報酬が入金されるはずだ。  その後、掃除屋に連絡を入れる。これでいつでも立ち去れる。  ふと、標的を見ると手のひらサイズの本のようなものがポケットから出てきていた。  取り出すとそれは手帳だった。  今時紙は珍しい、気になり開いてみる。資料館での調査結果がつづられているが、芳しい結果ではなかったようだ。文句ばかり書いてある。  先頭のページを開く。殴り書きのメモがあった。 つい、吹き出してしまう。あまりの馬鹿馬鹿しさに笑いが込み上げてくる。 『ネクサスシリーズこそが人間で、今の人類こそがネクサスシリーズだ! 血の色が違う! 赤い血だ! どうして気付かない? 十年前に変わってしまった どうしてどうしてどうしてどうして』  至極当然。  ネクサスシリーズと人間の血の色が違うのは当たり前だ。大体、ネクサスシリーズは体液だが。 「はははははっ! バグってここまで狂うのか?」  慟哭そのものだが、内容は最早ギャグ。笑いが止まらない。  携帯端末が鳴る、着信だ。局長からだった。咳払いをしてから出る。 「はい、なんでしょう?」 「よくやったアンドリュー、今すぐ報酬を入金する」  口座に入金されたのを確認する。報酬はいつもの三倍だ、この際家具でも買い替えても良いかもしれない。 「そいつはどうも、今後ともご贔屓に……そういえば局長、あんた何色の血が流れてる?」 「は? 緑に決まっている」  即答。局長は不思議そうに答えた。 「そうだよな、緑だよな緑、はははははっ」  人間の血は緑色である。  自然界、植物と同じ、緑である。  自然の中で生きてきた人類が、その自然と同じ色の血を背負うのは何も不思議なことではない。  近くの人間を傷つければ男女問わず緑の血を流す。誰だって知っている。  人型で赤い血を流すのはネクサスシリーズである動かぬ証拠とも言える。  根本的常識が狂ってしまうとは、AIというのは案外脆弱なものだ。  ひとしきり笑うと流石に疲れてしまった。手帳を捨て、車へ向かう。  ……手帳? 何故手帳を持っていた? 誰の手帳だ? 「……なんだっけ?」  さっぱり思い出せないが、思い出せないのではなく、思い出す必要がないのだろう。気にするのをやめて車に乗り込む。  買い替える家具は何が良いだろうか。机が古かった、椅子も変えたい、いやいっそソファを新しくしても良いかもしれない。  勿論すべて充電機能付きを選ぶ。長時間活動のできるように体内の駆動バッテリーを交換したばかりだ、買わない手は無い。  高揚する気持ちで車を走らせる。軽やかな運転でその場を立ち去る。
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