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ばさ、と封筒の上に写真が放られる。
彼の顔から笑みが消えたのが分かった。
苛立って低められた声にびくりと肩が跳ねる。
動揺をおさえ込むように、ぎゅ、と拳を握り締めた。
「……何が悪いの」
まともに思考するほどの冷静さはなくしていた。
感情に突き動かされ、勝手に言葉がこぼれていく。
「十和くんだって同類でしょ? 好きな人につきまとってた。そんな十和くんにどうこう言われる筋合いなんてない!」
「確かにね。でも俺の場合は動機が違うから。すべては君を攫うための下準備……。俺はね、好きな人を困らせることなんか絶対しないよ」
あまりに混乱し過ぎて、言葉の意味をうまく理解出来なかった。
(そんな言い方……。まるで、わたし以外に好きな人がいるみたいな────)
「ていうかさ」
ふっと彼は吹き出すように笑う。
「君の言う“好きな人”って誰のこと? もしかして自分? ここまで来たら分かんないかなぁ」
この期に及んで、わたしはまだ夢を見ていたみたいだ。
そのことを今はっきりと自覚した。
「まさか────」
「そうだよ。俺が愛してるのは、後にも先にも兄貴だけ」
「あ、兄……?」
「うん。先生はね、俺の実の兄貴なんだよ」
理解も処理も追いつかない。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
唖然としてしまいながら、驚愕と衝撃に打ちひしがれる自分の心音を聞いた。
落ち着かない呼吸が震え、無意識に息が止まっていたことにやっと気が付く。
「そんなこと、って……」
力なく呟く。
ようやく思考が動き出した。
十和くんと先生が兄弟だなんてありうるのだろうか。
苗字も違うし、担任として弟のクラスを受け持つなんて。
「親が離婚してる話はしたよね。“宇佐美”は母親の旧姓なの。兄貴って昔から過保護でさ、留守がちな親に代わって俺の面倒見てくれてんだよね」
どこか嬉しそうに彼は滔々と語る。
「小さいときから俺が頼れるのは兄貴だけだった。たぶん兄貴もそのこと分かってて、ずっとそばにいてくれたんだ」
つ、とその指先が写真の中の先生の輪郭をなぞった。
「兄弟だってバレると学校では一緒にいられなくなるかもしれない。担任じゃなくなるかも。だからみんなには隠そう、ってことになってさ」
十和くんはこちらを向き、いたずらっぽく笑う。
「どう? 最後まで気付かなかったでしょ」
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