最終話

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 確かに言われるまでまったく気が付かなかった。  そんな可能性は考える余地もなかったが、今思えばヒントは散りばめられていたかもしれない。 「…………」  十和くんが本当に愛していたのは先生だったんだ。  兄弟愛なのか、関係性を超えた禁断の愛なのかは分からないけれど。  いずれにしても、わたしへの気持ちなんて最初からなかった────。 「……ぜんぶ、嘘だったの?」  (しぼ)り出した声は弱々しく掠れてしまった。  身に余るほどの想い、満ち足りた幸せ、優しい笑顔、甘い体温。  “好き”という言葉。  ふたりで(つむ)いできた日々。  そのすべては、まやかしだった……? 「うん、嘘だよ。忘れちゃった? 初恋の話」 『……俺が好きになったのは、その人だけ』  あのとき、確かにそう言っていた。  わたしのほかには、じゃなくて、言葉通りの意味だったわけだ。 (それが先生なんだ……)  思い出す。  先生の話を持ち出すと、彼は不機嫌になった。  それは先生ではなく、わたしに()いていたからだったんだ。  愛ゆえの独占欲と嫉妬心が強いことは確かで。 「でもさ、惜しかったよ。俺が人殺しだって気付くのがちょっと遅かったね」  言いながら、十和くんが裁ちばさみを取り出した。  ぎらりと刃が鈍色(にびいろ)に光る。 「ほんとは昨日の夜のうちに殺す予定だったんだけどなぁ」  逆手(さかて)に握られた刃物の切っ先がわたしに向く。 「……ねぇ」  恐れたりおののいたりするより先に、口をついてこぼれた。 「ん?」 「十和くんが先生を……お兄さんを愛してることは分かったよ。でも……何で人を攫って殺すの?」  わたしの場合はまだ何となく想像出来る気がする。  彼にとって誰より大切な先生を困らせていたことが許せなくて、直接制裁したかったのかもしれない。 (そうだ……)  はたと気が付く。  わたしがここへ連れてこられる前、確かに先生は何かに悩んでいた。  原因は、わたしだったんだ……。  そのことを胸に留めながら彼の答えを待った。  なぜ誘拐や監禁をして、果てには殺害という行為にまで及ぶのか。  結局、その動機がよく分からなかった。 「俺には兄貴さえいればいい。兄貴にも俺さえいればいい。だから……邪魔者を消してるだけ」  十和くんは恍惚(こうこつ)として答える。  納得は出来ないものの、理解は出来た。  彼にとって、先生を想う彼以外の人物は“邪魔者”でしかないのだ。  ふたりの愛を守るため、そんな邪魔者を徹底的に排除しているわけだ。  クローゼットの前に連なった服に目をやる。  その中にあのワンピースを見つけた。 (そういうこと……)  夢の中で彼女が先生から逃げるよう示した理由が分かった。  先生に近づいた時点で、恋をした時点で、十和くんの“標的”になる。 (どのみち、手遅れだったけど)  先生を好きになった彼女たちは、十和くんによってきた。  彼は何度も何度もこんなことを繰り返しているのだろう。 (だから、か)  今になって()に落ちた。  最初の頃、わたしの思考が筒抜けで、手に取るように見透かされていたのは、そういう過去の“例”があったから。  わたしは最初から最後まで、十和くんの掌の上だった。
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