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狂愛の果てに相手を殺してしまうとか、拒絶された怒りとショックで殺してしまうとか、彼の思惑はそんな程度じゃなかった。
「じゃあ……何であんな態度とってたの? 勘違いさせるような、あんな思わせぶりな」
ずきずき、割れた心が痛んだ。
わたしの好きになった彼は幻だったのだと分かっても、癒えない深い傷を負わされた。
「邪魔者を殺すのが目的なら必要なかったでしょ! わざわざそんなふうに裏切る意味なんて……」
「兄貴を好きな気持ちを持ったまま死なれたくないんだよ。だから上書きするの」
そう言った十和くんがわたしに手を伸ばした。
優しく顎をすくわれる。
甘くて穏やかな眼差しに息を呑んでしまう。
「約束通り、いい夢見せてあげたでしょ」
「……っ」
ばっ、と怒りに任せてその手を払った。
それさえ予想通りだったのか、特に驚くことなく軽薄な笑みをたたえている。
「…………最低」
蔑むように睨めつけ、小さく吐き捨てた。
あれほど鮮やかに見えていた世界は色褪せ、幸せだったはずの記憶は粉々に砕け散っていく。
じわ、と涙が滲んだ。
泣きたくなんてないのに、悔しくてたまらない。
「何とでも言えば? 兄貴を好きになって、しかも俺に騙された君が悪いんだよ」
痛い。本当に悔しい。
苦しくてたまらない。
なんて自分本位で身勝手なのだろう。
彼の愛はやっぱり異常だ。狂っている。
(それなのに……)
夢から覚めたはずなのに、魔法が一向に解けない。
わたしはまだ、どこかで期待している。
彼のすべてが嘘だったとは思えなくて。
「ていうか、芽依……。悪いことしてる自覚あったんだ」
ふと十和くんが意外そうに言う。
「え……?」
「兄貴につきまとってたこと」
わたしは唇を噛み締めた。
「あるよ……。だって、そのせいで今までずっと────」
失敗してきたんだ。
恋がうまくいかなかったのは、自分の行き過ぎた愛情のせいだという自覚はあった。
愛される自信がなかったから。
嫌われるのが怖かったから。
ひとりにされるのが不安だったから。
だから、いつでもわたしだけを見ていて欲しかった。
わたしと同じだけの愛を返して欲しかった。
だけど、そんなわたしの気持ちや行動はいつも疎まれてしまう。
普通じゃないんだ、って気が付いた。
だから先生にはこの異常性がバレないように、細心の注意を払っていた。
今までこのせいで拒絶されてきたから、ずっと隠し通すつもりだった。
でも、十和くんだけは違うと思っていた。
いつかこのことを打ち明けられるようなときが来たら、そのときは────。
彼だけは愛を以てすべて受け入れてくれるのではないかと、淡く期待していた。
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