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ぽろ、とこぼれた涙が落ちていく。
とめどなくあふれ出す。
「泣かないでよ。……めんどくさい」
「……っ。止まらないんだもん……」
肩を震わせ、わたしは泣き続けた。
彼がいつもみたいに抱き締めてくれることも涙を拭ってくれることもなかったけれど、刃の先端が届くこともまたなかった。
黙ったまま、何も言わない。
待ってくれているのかもしれない、とまだ都合のいい解釈をしてしまう。
それくらい、好きになってしまった。
もう戻ることも進むことも出来ないのに。
「好きなの……」
「うん」
「ぜんぶ分かってるのに、どうしようもないくらい好き」
「……知ってる」
自分でそう仕向けて、まんまと思惑通りの結果を得られた彼はさぞかし満足だろう。
しかし思いのほかその声に愉悦の色は乗っていなかった。
至極冷静に受け止めるだけ。
「……でもさ、もっかい言うけどぜんぶ嘘だから。兄貴が迷惑してたから、邪魔な君を消そうと思っただけ。兄貴はストーカーが君だって気付いてなかったけど」
淡々と突き放される。
この日々が狂言だったことはもう承知している。
……それでも。
涙を拭い、呼吸を整えた。
「わたしは嬉しかったよ。偽物だったかもしれないけど、初めて愛が返ってきた」
そう告げると、彼は一度口を噤んだ。
ややあって立ち上がり、散らばった封筒をぐしゃりと踏みつける。
「────“愛”って、無償で注ぐものなんだよ。気付いたらあふれてんの」
見上げたその眼差しは、刃の切っ先よりも鋭かった。
「見返りを求めた瞬間、それは愛じゃなくなる。ただの独りよがりな束縛」
はっとした。
じゃあ、わたしの気持ちは────。
考える間もなかった。
瞬いた隙に彼が目の前に現れる。
「十和、く……」
「ありがとね、芽依。俺も結構楽しかったよ」
振り上げられたはさみの鋭い先端が軌道を描く。
目で追いきれないうちに、胸の辺りに激痛が走った。
「……っ!」
一気に意識が覚醒する。
思わず悲鳴を上げかけるが、喉に血が絡んで途切れた。
信じられないくらい強く速く脈打つ心臓の音が、耳に直接響いてくるようだ。
座ったままの姿勢を保っていたはずなのに、視界が揺れて傾いた。
自分が床に倒れたのだと後から気が付く。
逃げなきゃ、と咄嗟に思ったものの、既に身体が言うことを聞かなくなっていた。
力が抜けて動けないわたしに、十和くんが馬乗りになる。
(そっか……)
わたしの彼への気持ちは、愛じゃなかったんだ。
結局、どれも自己満足でしかなかったのかな。
(また、失敗しちゃった)
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