65人が本棚に入れています
本棚に追加
思わずそう言った後、はっと失言に気が付いた。
死んでいる、ではなく、殺されている、と言ったのは完全に無意識だった。
しかし宇佐美は気付かないだろう。
気付いたとして、自分を怪しめないだろう。
誤魔化すようにペットボトルを呷ると、一拍置いて彼が言う。
「……そういえばお前、また俺の車使っただろ」
「え」
思わぬ言葉に心臓が跳ねた。
確かに無断で使ったが、それはもうひと月近く前のことだ。
「無免許運転は犯罪だぞ。俺が何でも甘やかすと思うなよ。いつでも庇えるわけじゃない」
「うわー……何で分かったの?」
使ったのは一瞬だったし、車も元に戻したが、なぜ分かったのだろう。
「苺ミルクのペットボトル。後部座席の足元に転がってた」
十和は一瞬呼吸を忘れた。
それは間違いなく、芽依に渡した睡眠薬入りのものだ。
うっかりしていた。回収することをすっかり失念していた。
「……飲んだの?」
「いや、捨てた。あのときも言っただろ、甘いのは苦手だって」
それがいつを指すのか分からないわけがなかった。
芽依を誘拐した当日のことだ。
放課後、確かにここでそんなやり取りを交わした。
「……はは、そうだったね。ていうかそれは昔からだし知ってるよ」
余裕ぶってみるが、声が硬くなった。
────もしや、探られているのだろうか。
平気だ、と思い直す。
何だかんだで甘い彼に自分を本気で疑うことは出来まい。
「まったく……」
「ごめんー。もう迷惑かけないから許してよ、颯真」
「何が“颯真”だ。弟のくせに生意気だな」
自分たちの関係を忘れたわけではなかった。
彼にとっての自分が何なのかも知っている。
しかし、不意に突きつけられた現実に、さすがに心を挫かれそうになる。
「……そうだね。ごめん、兄貴」
十和は儚げに笑った。
この痛みは何度味わっても慣れない。
ふと、窓の外に目をやる。
職員室前の廊下に立っている女子生徒に気が付いた。
熱っぽく真剣な視線と、その目が映し出すものが何なのかを、十和はいち早く察する。
「…………」
ひっそりと目を細めた。
────次は、あの子だ。
【完】
最初のコメントを投稿しよう!