第1話

1/5
58人が本棚に入れています
本棚に追加
/152ページ

第1話

 放課後の喧騒(けんそう)が空気を揺らしていた。  本校舎の1階にある自販機横の窓からは、中庭を挟んで向こう側の廊下が見える。  職員室前であるそこには、担任の宇佐美(うさみ)先生の姿があった。  クラスの女子生徒と何かを話しているようだ。 (宇佐美先生……)  きゅ、とわたしは胸の前で両手を握り締める。  あふれてこようとする気持ちをおさえ込むように。  ────分かっている。  生徒であるわたしが、先生を好きになっちゃいけないってことくらい。  でも、想いというのは大概(たいがい)、気付いたら加速の一途を辿って歯止めが効かなくなるものだ。  まるで気付かれるのを待っていたかのように、これ見よがしに止まらなくなる。 「…………」  ずき、と心が痛んだ。  女の子と話す先生を見ていると、何だかもやもやして苦しい。  やきもちは本当に余計な仕事をしてくれる。  好きって気持ちを助長させていくから。 (あ、笑った)  ガラス越しでも、距離があっても、その笑顔はよく見えた。  ……珍しいな、先生が笑うなんて。  いつもはクールで硬派(こうは)な感じなのに。  そんなことを考えながら、わたしは不意に始業式の日を思い出した。 『今日から君たちの担任になった宇佐美颯真(そうま)だ。1年間よろしく』  最初はただ、冷たい印象を受けた。  わたしたちとそれほど年は離れていないようだが、必要最低限のことを淡々と事務的に話すだけ、といった具合だ。  どこか高圧的で、近寄りがたい雰囲気をまとっているように感じられた。  でもそのルックスからか、いつしか女の子たちの間で人気が出始めた。  “宇佐美先生ってかっこいいよね”なんて話を聞かない日はないくらい。  わたしは怖い先生だと思っていたから、そのときは首を傾げるばかりだったけれど────。  きっかけは、テスト返しの行われたある日のことだった。  先生の担当である数学のテストで、94点を取ったことがあった。  苦手科目だったが、一生懸命勉強した結果が出たのだ。  内心「やった」と喜びながら、つい顔を綻ばせるわたしに、先生が声をかけてくれた。 「よく頑張ったな、日下(くさか)」  いつもは何の色もない顔に、優しい微笑みが浮かんでいた。  初めて見る先生の笑顔だった。  びっくりした。  まさか、先生が褒めてくれるなんて思わなくて。  すっかり心を奪われた。  ────わたしは、先生に恋をしたんだ。  ほかの女の子たちとは違う。  わたしの気持ちは本物だ。 (あの笑顔も、ひとりじめ出来たらなぁ……)
/152ページ

最初のコメントを投稿しよう!