認識の証明

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 (なんだ、つまんない)とは思ったものの、フグの肉片をくすねるのはやめておいた方が無難だった。どうも父親が息子を疑っているらしく調理場へ行くのを固く禁じたからだ。  (からかう奴らを殺し続けてもキリがない、この辺にしておくか)と、潮時を考えている矢先だったので渡りに船だった。京都を離れれば、いじめられずに済む。中学校は特殊な場所で、殺しても、殺しても際限がないほど《敵》は増えていったからだ。無理もない、クラスメートが死んだのは偶然で、警察でも連続殺人ではなく、集団自殺とマスコミに発表して捜査を打ち切っていた。  どこからか一匹のフグを手に入れて、各々が申し合わせて間隔を置いてから自殺したという見解だ。  これを新聞で読んだ木村は思わず、こうつぶやいた。  「バ~カ」  環境が変わってから木村はしばらく《殺し》やめていたが、言葉が違う博多になじめず、また京都と同じことを始めた。  今度はフグが手に入らなかったので、磯釣りを趣味ということにして、小さなハコフグを釣ると、何匹もナイフでバラバラにしてオブラートに包んで食べた。毒の種類は違い、パフトキシンだからトラフグなどと違って、一匹だと毒が弱いと思ったからだ。そのたびに舌にオブラートに包まれた毒魚のパサパサとした味と、切り身が喉を通っていく感触がする。  口内を通して生臭い生魚の匂いが鼻孔を刺激するのは辟易したが、その後の結果を思えば我慢が出来た。丸ごと生で食べても何も怖くない。その死を嫌な奴が身代わりになってくれる。  わざと腐った生卵を食べて、食中毒にして殺したこともあった。  ナイフなどで直接、殺さないので良心はさほど痛まないし、葬式にさえ顔を出さなかった。  (毒虫を駆除してるだけじゃないか)と、いう認識だ。  法律には超能力で殺すのは罪ならない。人間、罰せられないとわかると大胆になっていく。  (どうせ、大人になっても、ロクな真似をしないに違いないさ)  そう思って、法律では罰せられない犯罪を繰り返した。  もう恨みというより、趣味を兼ねた害獣駆除だ。  気がつけば、毒殺のプロとして裏社会では有名人になり、贅沢な暮らしを満喫している。  どんなに屈強な部下が大勢で護衛しても、必ず仕留めるんだから、人気が上がらないわけがない。報酬も成功のたびにアップしていった。  CIAやKGBも得意先になり、今では何人殺したのか数えきれない。ただ毒物をオブラートに包んで、ターゲットを思い浮かべれば多額の収入が得られるのだ。海外でも呼ばれるので、観光気分で世界中を廻った。  用心して家族は持たなかったが、後悔はしていない。誕生よりも死に縁がある人生だが、仕事と割り切ればまずまず充実した日々を送っている。  (いわば一匹狼のセールスマンだ。商品が殺しというだけじゃないか。 世の中には死の商人がいて国家規模で殺し合いをさせるために、あの手この手さ、アレに較べれば俺なんかかわいらしいもんさ)  木村は、そんな過去を思い浮かべながら、「すまないが、薬を飲ませてもらうよ、肝臓を悪くしていてね」  そう言いわけしながら、いつものようにズボンのポケットから薬ケースを出すと、カプセルを一つだけ摘まみ、コップの水で流し込んだ。  プロになってからはカプセル入りの青酸カリを愛用している。  この方がフグを使うより手間いらずだ。  (これで、こいつもあの世だな)と、木村は思った。  それから世間話をしてから、名刺交換した木村は、にこやかに中村と別れた。  渡した名刺はでたらめで、警察が調べてもニューヨークに住んでいる木村には辿り着かない。完全犯罪の成立だ。        *  中村は、遠ざかっていく木村の後ろ姿を眺めながら呟いた。  (よかったな木村、これでやっと自殺ができるじゃないか)  木村が察したとおり、中村は刑事だ。  中学生の頃、木村の異常性は悟っていた。一度、ノートを盗み読みしたら、一ページまるごと、《自殺》の二文字で埋め尽くされていた。それがいつしか、《自》が消えて、クラスメートのが急死するたびに《殺》という一文字だけが増えていく……。  それで中村は確信した。  「殺(や)ったんは、あいつや!」  だが、どうやって殺したのか、いくら考えてもわからなかった。下手をすれば自分が殺されかねない。迷っている間に木村は引越してクラスからいなくなってしまった。  まるで悪夢から目が覚めたように、それから急死するクラスメートは現れなかった。  あれから三十年、未だに手口は謎だが、今の中村には薄々、察しがついていた。  (奴も同じような力があるのに違いない!)  実は中村も超能力者――彼の場合、相手に触れることで、一人に一つだけ能力を奪うことができる。
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