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3.
ああ……とうとう恐れていたことが起きてしまった。
「キャー!」
私の目の前にいる女性が、暗闇の中で悲鳴をあげる。慣れない場所で、突然真っ暗になればパニックを起こすのも無理はない。
「ごめん! ブレイカーが落ちたんだ!」
洗面所から主人の声。見えなくてもわかる。きっとその手には、彼のスレンダーなボディが握られているに違いない。
「美玖、危ないから動かずに待ってて!」
「雷哉さん……っ」
玄関で音がして、間もなく世界には光が戻った。私にも再び電気が通い、扉に女性のホッとした顔が映る。
「美玖ごめん、怖がらせて」
「大丈夫、ちょっとびっくりしただけ……」
「震えてるよ」
キッチンに戻ってきた主人が、私の目の前で女性を抱きしめる。彼女は目を閉じ、そっと恋人に身を任せた。
羨ましくないと言えば嘘になる。けれど、私は彼と一緒になれない運命だと分かっているもの。
でも、さっきは……
奇跡だった。この主人がずっと一人暮らしなら、たぶん起こらなかった僥倖。
私と彼は、あの一瞬、確かに一緒になったのだ。全身が震え、熱く燃え、火花が散るような衝撃。
彼も私を感じてくれただろうか。
あの一瞬の思い出だけを胸に、私はこれからも生きていける。
いつかまた奇跡が起こる、その日を信じて。
【了】
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