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 ああ……とうとう恐れていたことが起きてしまった。 「キャー!」  私の目の前にいる女性が、暗闇の中で悲鳴をあげる。慣れない場所で、突然真っ暗になればパニックを起こすのも無理はない。 「ごめん! ブレイカーが落ちたんだ!」  洗面所から主人(あるじ)の声。見えなくてもわかる。きっとその手には、のスレンダーなボディが握られているに違いない。 「美玖、危ないから動かずに待ってて!」 「雷哉さん……っ」  玄関で音がして、間もなく世界には光が戻った。私にも再び電気が通い、(ドア)に女性のホッとした顔が映る。 「美玖ごめん、怖がらせて」 「大丈夫、ちょっとびっくりしただけ……」 「震えてるよ」  キッチンに戻ってきた主人(あるじ)が、私の目の前で女性を抱きしめる。彼女は目を閉じ、そっと恋人に身を任せた。  羨ましくないと言えば嘘になる。けれど、私は彼と一緒になれない運命だと分かっているもの。  でも、さっきは……  奇跡だった。この主人(あるじ)がずっと一人暮らしなら、たぶん起こらなかった僥倖。  私と彼は、あの一瞬、確かに一緒(ひとつ)になったのだ。全身が震え、熱く燃え、火花が散るような衝撃。  彼も私を感じてくれただろうか。  あの一瞬の思い出だけを胸に、私はこれからも生きていける。  いつかまた奇跡が起こる、その日を信じて。 【了】
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