私のつがい、今すぐに名乗り出てください!

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 伯爵令嬢のリズ・オルグレンの結婚が数カ月後に決まった。  相手は商社を経営している資産家の息子。オルグレン家は爵位を持つものの領地は資金不足による経営難、お互いの利害が一致したよくある政略結婚だ。  両家の顔合わせが終わり、帰宅したリズは執事のノエに愚痴をこぼしていた。 「本当に結婚する日が来ちゃったのね。」 「そうですね。」  リズが自室のテーブルに顔を突っ伏していると、ノエがお茶を出してくれた。リズの好きなミルクたっぷりのアッサムティーだ。 「でも家のため、それからお金のためだから仕方ないわね。」  リズはいつもこうやって自分に言い聞かせている、この結婚は仕方ないと。 「彼はすごくお金持ちなのよ、この貧乏生活ともおさらばだわ!」 「お嬢様はいつも貧乏が嫌だと愚痴ってましたからね。」 「これからはこの私に似合う豪華絢爛な生活が待っているわ。」 「豪華絢爛ねえ、ドレスが破れても自分で繕って使い続ける人が。」  ノエは片眉を上げて軽口を叩いてくるが、いつもみたいに言い返す気が今日は起きない。拗ねた口調でリズは続けた。 「ノエは一緒には来てくれないんでしょ。」 「同世代の若い男がお嬢様付きの執事なんて、先方はいい気がしないでしょうからね。」 「それは……そうだけど。」  ノエはリズの三つ上の青年で、婚約者よりも遥かに顔が整っている。確かにノエを連れてきたら気を害すかもしれない。  ノエの父が住み込みでオルグレン家の執事長を務めていたので、リズとノエは幼なじみのように兄弟のように育った。  リズが生まれてからの人生はずっとノエがいた。初めてリズの手を握ったのはノエだったし、遊びも勉強も教えてくれたのもノエだった。  幼い頃のノエが、父のマネをしてリズの執事ごっこをしていたら、ごく自然にそのまま本当のリズ付きの執事になった。リズが熱烈に希望したからだ。 「お嬢様はどこにいたって明るく過ごせますよ。」 「うん、そうね。」  ノエがいない場所でこんなに明るく過ごせるかしらと言う言葉は飲み込んだ。  リズがいつも楽しく過ごせるのは、話をいつも聞いてくれるノエがいるからだ。嬉しいことも嫌なことも腹立つことも全部ノエに共有してきた。  これからは誰に話せばいいのだろうか、ああ、夫になる人か。  ノエがいないと嫌だ、と簡単に言葉に出せないのは、ノエへの感情が兄弟や幼なじみや、ましてや執事に対しての物ではないからだ。  三歳のときに遊びでキスをしたことは未だに覚えている。それからキスの経験は一度もないが、本当はこの先もノエ以外としたくはなかった。  何も考えずに二人で楽しく遊ぶだけの頃はよかった。  結婚を意識する年齢になると、そういうわけにもいかない。どれだけ一緒にいてもリズとノエは結婚はできない。  彼への気持ちを封じ込めるために、リズは何度も自分に言い聞かせるために言葉にしていた。 「お金持ちがいいの、お金持ちじゃないと嫌だわ。」 「それから、金髪がいいわ。」  ノエが茶髪だから。 「目の色はブルーがいいかしら。」  ノエの瞳がグレーだから。  常日頃そうやって言葉に出しているものだから、リズの父も願いを叶えて資産家の金髪碧眼を探してきてくれたのだろう。文句は言えなかった。
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