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一度食べてみたいと思っていたけれど、すぐに売り切れてしまうから、まだ口にしたことのない貴重なカステラだった。
「僕の持ってきたカステラのほうが、先生はお好きですので、そちらは持って帰ってくださいね」
ハンチング帽にジャケット、吊りズボンという軽装で現れた陽文さんは、どこか遊びに行ってきた帰りのようだった。
「狐……か……?」
「おや。よくわかりましたね。この中で、僕が一番人間の姿になって長い。見抜けないかと思いました」
陽文さんを送ってきた車が横付けされ、運転手さんが清睦さんを警戒するように、こちらを見ている。
清睦さんが陽文さんをただ者ではないと認識するのに、時間はかからなかった。
「父が三葉財閥の当主も郷戸に訪れたと、騒いでいたが、まさか……」
「大正解です。すでに我々は、この国の中枢に存在する。言いふらしたところで、頭がおかしくなったと思われるのは、あなたのほうですよ」
陽文さんは笑いながら、清睦さんの肩をぽんぽんっと叩いた。
「これ以上、千後瀧先生の怒りを買わないほうが身のためです。僕みたいに優しくないですよ?」
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