(序)本日、契約妻になりました

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 私は出会って間もない相手と結婚した――人ではないと知りながら。  春だというのに寒い日で、桜の蕾はまだ固く、咲く花の少ない庭で松葉の濃い緑だけが色を添えている。  花の代わりに舞う雪は水を多く含んだ牡丹雪(ぼたんゆき)。  雪は静かに春の気配を教えていた。  正絹(しょうけん)白無垢(しろむく)と同じ色をした雪が、庭を埋めていく。 「見合いもしないで、娘を嫁にやるらしいな」 「おおかた金に目が眩んだのだろう」  お酒を飲み、酔いが回った招待客たちは騒がしい。  ずっと外を眺めているわけにもいかず、座敷の宴席のほうへ視線を戻した。  座敷には家紋入りのお膳が並び、郷戸家(ごうどけ)自慢の煮しめや漬け物が、彩りよく重箱に入れられている。  お膳の料理とは別に出されている重箱の中身は、母ではなく、郷戸家で働いている女中たちが作ったものだ。  黒塗り金蒔絵(きんまきえ)の重箱、文様は松。  大皿に盛られた料理の隙間から見えるのは菊文、八重菊(やえぎく)。  ――ひとつ、ふたつ、みっつ。  気持ちを落ち着けるように、文様を数えた。
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