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今のところ、私に関するいい話はひとつもなく、旦那様に申し訳ない気持ちになった。
「あの……。本当に私を妻にしても、よろしかったのですか?」
私にも聞こえたのだ。
隣に座っている旦那様の耳にも入ったはず。
今ならまだ、私を『いらない』と言っても間に合う。
「ああ」
低い声で返事をしたのは、私の旦那様となった千後瀧紫水様。
彼は有名な水墨画家で、郷戸の床の間にも彼の作品が飾られている。
本業は蒐集家であり、水墨画家は副業だと、本人が語っていたけれど、本気なのか冗談なのか、よくわからない。
父が気に入ったのは、彼が名の知れた有名人というだけでなく、千後瀧家の当主だったからだ。
千後瀧家は政財界に顔が利く名家で、議員を目指す父は、彼との繋がりをどうしても持ちたかった。
「価値があるかないか、普通の人間にはわからない。だが、俺は蒐集家だからな」
蒐集家だからこそ、価値がわかると言いたいのか、紫水様は得意げな顔をしていた。
私のほうは、妹と違い女学校にも通っておらず、習い事もやっていない無芸な人間だ。
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