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幸治君がそう言って、私に手を差し出した。
大人の男の人の手をしている幸治君の手を眺め、その手に昔の幸治君の手を重ねる。
“出会った時からきっと、幸治君は私の“特別”な人だよ”
何度も何度もその言葉を飲み込み、幸治君の手を取ることなく私の力でしっかりとこの扉から足を踏み出した。
「この子は王子様じゃないよ~!」
笑顔を張り付けて若い男の子達の方を向いた。
「でも、お迎えが来たので帰るね!
ご馳走さまでした!」
私の隣に並んだ幸治君のことを見ることなく、佐伯さんの方を見る。
佐伯さんは困った顔で笑っていて、私はその笑顔にしっかりと笑い返す。
「私はうちの財閥の分家の女だからね。
結婚相手は“王子様”じゃダメなんだ。」
「了解です。」
静かに頷いた佐伯さんが私の隣に立つ幸治君のことを見上げた。
「あのめちゃくちゃムカつくオジサンの下でよく働けるね。」
「俺、ドMなんですかね?」
「その理由はウケる。」
「わざわざ事務所まで連絡ありがとうございました。」
「“幸治君”があのオジサンの事務所の人だって、あのオジサンのお母さんである松戸先生から聞いてガッカリしちゃった。」
「ガッカリですか?」
「あんなオジサンと仲良くしてるとかマジでナイわ。」
「それは安心してください。
何も仲良くはしてないので。」
「それはめっちゃ安心した!」
“普通”の顔で笑う佐伯さんが私達に手を振ると、若い男の子達の中へと消えていった。
“普通”の笑顔で笑っているように見える佐伯さんの横顔をしばらく眺めていると・・・
私の背中に幸治君の手が優しく触れた。
「家に帰ろう?」
「うん・・・。」
来週の月曜日には帰ることがなくなる家へと、幸治君と一緒に帰っていく。
“やっぱり幸治君が良い”
私が“普通”の女だったら簡単に言えるであろう言葉を今日も飲み込みながら。
“私1人でもちゃんと育てていかなければ”
“怖い”なんて気持ちは無理矢理にでも押し込んで、ヒールのない靴でしっかりと歩き続けながら。
私は歩ける。
きっと歩ける。
1人だとしても。
1人でこの子を背負いながらでも。
1人で分家の人間達からの攻撃を受けながらでも。
きっと歩ける。
自分にそう何度も何度も何度も言い聞かせながら、下腹部に片手を添えた。
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