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身体に当たる温もりと左手を触られている感覚、それとゴロゴロと桜が喉を鳴らしている音を聞き、重い瞼をゆっくりと開けた。
あれから、お昼ご飯と夜ご飯、それとおトイレ以外はベッドで寝ているだけの土曜日だった。
何でか凄く凄く眠くて、身体と頭だけではなく瞼も信じられないくらいに重かった。
そんな瞼をこじ開けこの目に映ったものは、私がプレゼントをした高級なスーツと腕時計、お洒落な髪型をしている幸治君が私のすぐ近くに座り、私の左手を片手で握りながら私の薬指にある婚約指輪と結婚指輪を指先で確認するかのように優しく撫で・・・
幸治君の膝の上で幸せそうに喉を鳴らしている桜のことを、幸せそうな顔で撫でながら見下ろしている幸治君の姿だった。
幸せしかないような光景を見ながら、ブタネコ之助を空いている手でギュッと抱き締めながら口を開く。
「お帰りなさい。」
「ただいま。」
「今何時?」
「22時半。」
「今日は早かったね・・・今日も夜ご飯食べてきたかな?」
「うん。」
優しい優しい顔で私にも笑い掛けてくれる幸治君が私の左手を握っていた手を離し、その手を私の下腹部に優しく置いた。
「生理どう?」
「そろそろ終わるから大丈夫だよ。」
「そっか。お風呂入った?」
「あ・・・お風呂沸かしたのに入れてないや。」
「一緒に入る?」
その質問には重い頭で今の自分のお腹の形を思い出す。
まだまだお腹が膨らんできていないことをよく回らない頭で確認してから、小さく笑いながら頷いた。
それから自分のモノとは思えないくらい重い身体を起こそうとした時、幸治君の手が私の背中に回り私の身体を起こしてくれて・・・。
あんなに重かった身体が簡単に起き上がった。
そして私の身体を抱えるように抱き締めた幸治君により、また簡単にこの重い身体は立ち上がることも出来てしまって。
そしたら、見えた。
“私の部屋”にしてくれていたこの部屋が段ボールで埋め尽くされているのが。
結構前から段ボールで埋め尽くされていたけれど、そこから更に5箱段ボールが積み上げられた。
日曜日の明日、15時に引っ越し業者がこの家に来ることになっている。
そして私の荷物をこの家から全て運び出されることになっている。
それを改めて考え、私の両足はもっと重くなった。
幸治君に支えられていてもこの両足を動かせにいくらいに重くなってしまう。
身体や頭や瞼、両足だけではなく息を吸う為の空気まで“重い”と思う。
空気が重すぎて上手くこの鼻に入ってきてくれない。
“苦しい”
口も重くなってその言葉が吐き出せずにもっと苦しくなった瞬間・・・
「明日、引っ越しまでの時間に俺とデートしてくれませんか?」
幸治君の言葉が段ボールだらけのこの部屋に響いた。
その言葉に私はやっと空気が吸え、何でか流れてきた涙をそのままに幸治君のことを見上げた。
「うん・・・。」
私の全てが重くなってしまったけれど、その返事だけは言えた。
「俺が一美さんの頭も身体も顔も洗いますしドライヤーもしますから。」
幸治君が幸せそうに笑いながらそう言って、重くなっている私の身体を・・・
「・・・っっ!?」
ビッッッックリすることに、お姫様抱っこをしてきた。
あんなに重かった身体が急に宙に浮き、慌てて幸治君の首に抱き付く。
そんな私に幸治君は楽しそうに笑って・・・
「軽・・・っっ!!」
こんなに全てが重くなっている私のことを“軽い”と言って・・・
チュッ────...と、私の唇ではなく私の頬にキスをした。
何でか私の唇にキスをしてくれなくなってしまった幸治君に、お風呂場へとお姫様抱っこをされながら小さく吐き出した。
「何で頬にしかしてくれないの・・・?」
聞いた私に幸治君は少しだけムッとした顔をして・・・
「口にキスをしたら一美さんの口が塞がっちゃうじゃん。」
よく分からない理由に首を傾げると、洗面所の扉を開いた幸治君が軽やかな足で洗面所へと入った。
「お嬢様も昔から口が固かったですけど、“中華料理屋 安部”の一美さんも口がめちゃくちゃ固いから。」
困った顔で笑う幸治君の視線を追うと、そこには鏡があって。
幸治君にお姫様抱っこをされている“中華料理 安部”のティーシャツを着ている私の姿が写っている。
「俺がキスをしたタイミングで何かを吐き出そうとしていたらその何かが聞けなくなるので、めっっっちゃ我慢してほっぺたにしてるんだよ!!!」
明日の日曜日にこの家から、幸治君の前からいなくなると決めた私に、幸治君が少し怒りながらそう嘆いた。
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