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「本当に雲1つないね~。」
幸治君に腕枕をして貰いながら、雲1つない青空を眺め続けている。
あれから、この空を眺めながら幸治君と2人で色々な話をした。
その“色々”の中には私のお腹の中にいる赤ちゃんの話はなかったけれど、それ以外の色々な話をしていて。
「一美さんと出会った日もこんな空だったかもな。」
「そうだっけ?」
「うん、あとは一美さんが“中華料理屋 安部”のティーシャツを返しに店に来てくれた日も。」
「そうだった?」
「そうでしたよ、あとは俺の最悪な誕生日だった日も。」
「“ハンカチ”の日?」
「ですね、ハンカチの日。
すぐにあの扉を開けて“羽鳥さん”のことを呼び止めればよかったのに、無意識に口に持っていってて。
“羽鳥さん”から連絡先を貰えてすげー舞い上がってたし、口につけた“羽鳥さん”のハンカチは死ぬほど良い匂いだったし、“普通”以下の高校3年のガキには刺激が強すぎた。」
「幸治君は“普通”以下の男子高校生じゃなかったよ・・・。」
キュッ──────...と抱き締めた幸治君の身体は、しっかりとした大人の男の人の身体で。
「須崎さんと一緒に一美さんが店を出ていった日も、こんな空だった。」
空を眺めていると“私達家族”しかいないような世界のように感じる。
遠くには色んな声が聞こえているけれど、この世界には“私達家族”しかいない幸せな世界のように。
「あの日の空の続きがあるなんて思いもしなかった。」
“私達”の世界の中で幸治君が小さく笑った。
「あの空がここまで続いてるとは思いもしなかった。」
ここで終わりになってしまう空を眺めながら、私の目からは涙が静かに流れていく。
“ごめんね。”
謝罪の言葉を口にしようとした時、“私達”の世界の中に1人の男の人の顔が入ってきた。
物凄く不機嫌な顔をしているけれどムカムカとするくらい整っている顔の男の人、松戸先生の顔が。
「外でイチャイチャすんな。」
低い声でそう言われ、突然の松戸先生の登場に私の身体が強張っていると・・・
「所長はもっと眩しい日差しの方が似合いますね!!」
幸治君が大笑いをしながらそんなことを言って、私の身体も一緒にゆっくりと起こしてくれた。
「これ、差し入れ。」
よく見たら松戸先生は両手いっぱいに沢山のビニール袋を持っている。
そのビニール袋を私達のレジャーシートの上に置くと、ビニール袋の口からは向こうの方にあったキッチンカーで買ったであろう食べ物が沢山入っている。
「差し入れとかいらないっすよ、弁当持ってきてるので。」
「どうせサンドイッチだろ?」
「あと梨っすね。」
「若いんだからもっとガッツリした物食え!!」
「何も食えないような所長にだけは言われたくない台詞っすね。」
幸治君が楽しそうに笑いながらお財布を取り出し・・・
「差し入れだって言ってるだろ!!
金取るわけねーだろ!!!」
松戸先生が面倒そうな顔で怒鳴ってきて、そんな松戸先生に幸治君の方がもっと面倒そうな顔になった。
「えぇぇ~、でもこんなに大量ですし。
ていうか、こんなにジャンキーな食べ物ばっかり俺1人じゃ食べられないですって!!
今日は所長の誕生日ですし俺の方が貰うのも変ですし。」
「うるせーな!!
本当は店ごと買うくらいの気持ちだったんだぞ!?」
「それどんなヤバい気持ちっすか!!」
大きく笑っている幸治君がお財布を仕舞うと、松戸先生が満足そうな顔をしながらも私を見てから無表情になった。
「今日引っ越しだって?」
「はい。」
凄く凄くムカムカとしながらも笑顔を張り付けて松戸先生に笑い掛ける。
「これで幸治君は“可哀想な子”にはなりませんので、ご安心ください。」
私の言葉に何でか松戸先生は無言になり、それからゆっくりと私の目の前にしゃがんだ。
そして自分が持っていたビニール袋から食べ物を全てレジャーシートに並べて・・・。
「顔色が悪い。
食えそうな物は何でも食っておけ。」
「あの・・・こういうこってりとした食べ物は・・・」
“食べたこともなければ今も食べられる気がしない”
そう言おうとしたけれど、並べられたこってりとした食べ物を見て・・・
「ハンバーガーとポテトは食べたいかも。」
答えた私に松戸先生はハンバーガーとポテトをもう1度ビニール袋に入れ、私に手渡してくれた。
「ありがとうございま・・・・す。」
お礼を言う為に顔を上げた時、見えた。
松戸先生の向こう側に2人の若い男の子が。
「「あ。」」
幸治君と私の声が重なると、幸治君は嬉しそうに笑って松戸先生がくれた差し入れをビニール袋に詰めてから立ち上がった。
「すみません、ちょっと行ってきます!」
「うん。」
自然と笑顔になりながら手を振ると、幸治君も本当に嬉しそうな顔で頷き走っていった。
幸治君と私の楽しくて幸せな思い出に何度も何度も登場してくれたあの男の子達の元へ。
幸治君と私の最後の日になる今日も登場してくれたことに自然と笑い、幸治君があの男の子達に松戸先生からの差し入れを渡しながら楽しそうに話している姿を眺める。
「あいつら誰?」
「幸治君の・・・お友達、かな。」
「あいつ友達いたのか。」
「そうですね、あの子達は幸治君のお友達で・・・」
幸治君も含め、若い男の子達を眺めながら片手を無意識に下腹部に添えた。
「この国の未来、です。」
松戸先生の視線を感じたけれど、キラキラと輝く男の子達から目を反らさずに吐き出した。
「この国の未来の為に、私はうちの財閥から“Koseki”のアパレルを立ち上げました。
私の会社の理念の元は、あの男の子達です。」
私が吐き出した言葉に松戸先生は「へぇ~・・・」と、興味のないような声を出してきて。
それにもやっぱりムカムカとするので、松戸先生に大きく吐き出した。
「福富さんってうちの会社で凄くモテますからね?
選びたい放題なのに9歳も年上の松戸先生のことをわざわさ選びませんよ。
お誕生日の日に最後にデートみたいなことをして貰えて良かったですね?」
絶対に言い返されると思っていたのに、松戸先生は何も言わず立ち上がり、私の前から静かすぎるくらい静かに立ち去った。
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