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16時
私の部屋として使わせて貰っていた部屋の中を呆然と眺める。
何もなくなってしまった私の部屋だった場所を。
でも・・・
リビングにもキッチンにも洗面所にもお風呂にも、おトイレにだって私がこの家にいた形跡が沢山残っている。
たった1年ちょっとの間だったけれど、ここは確かに私の家だった。
“私達家族”の家だった。
「楽しかった・・・。」
“凄く幸せだった・・・。”
「“いけないコト”をしちゃった・・・。」
“私も凄くいけないコトをしちゃった・・・。”
“凄く凄く、いけないコトを・・・。”
そう思いながら片手で下腹部に触れた。
「ナ"ァァ─────ォ"」
桜の鳴き声と一緒に私の足に桜が絡まる気配がし、ブタネコ之助を抱き締めながら桜のことを見下ろした。
そしたら、見えた。
数時間前までは“中華料理屋 安部”のティーシャツを着てピクニックをしていた私の身体には、今は“Hatori”のワンピースが身に付けられている。
これから私は“羽鳥 一美”に戻る。
増田財閥の分家のお嬢様、“羽鳥 一美”に戻る。
流れてきた涙が左手にポタポタと落ちてくる。
そこには幸治君から貰った婚約指輪と結婚指輪は光っている。
こんなに悲しい輝きで光っている。
最後にその輝きを眺め、ソッ─────...と薬指から抜いた。
「それは持っていってください。」
最後まで引っ越し業者の人とやり取りをしてくれていた幸治君が私の後ろに立った。
「持っていけないよ・・・。
これは“普通の一美”が貰った物だから。」
「“普通”どころかめっっっっちゃ高い指輪だけどね。」
「うん、だから・・・持っていけないよ。」
「俺が迎えに行く時まで、“何か”に困ったら売って現金にしてよ。」
「そんなことは出来ないよ。」
それは少しだけ力強く答え、泣きながら幸治君のことを振り向き2つの指輪を幸治君に返そうとする。
幸治君は2つの指輪を見下ろし、何でか意地悪な顔で笑った。
「これを持っていたら俺は一美さんのことを一瞬も忘れないで済むので、じゃあ返して貰おうかな。」
そう言われ・・・
そう言われてしまったから・・・
「じゃあ、私が貰っていく・・・。」
キュッ──────...と2つの指輪を握り締め、その手を胸の前に持ってきた。
「大切にします・・・。
売ったりなんてしないでちゃんと大切に・・・仕舞っておきます・・・。」
この2つの指輪を仕舞うことしか出来ないけれど、私の元にこの指輪が残ることがこんなにも“嬉しい”と思えた。
「お嬢様は昔から頑固だからな~。」
幸治君が困ったように笑い、キャリーバッグの中に桜のことを優しく入れた。
「一美さん達の新居まで送ります。」
幸治君がくれたその言葉は受け取ることなく、私は吐き出した。
「幸治君がタクシーを呼んでくれたから、ちゃんと1人で行けるよ。
子ども達のことを連れてちゃんと1人でも行ける。」
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