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涙を流しながらだけどその言葉をハッキリと吐き出すことが出来たことに安心し、“Hatori”のワンピースを着た私がブタネコ之助を抱っこし桜が入ったキャリーバッグを持ち上げた。 それから最後に“私の部屋”だった場所を見詰め・・・ ソッ───────...と、玄関へと向かった。 玄関には鞄とヒールのないパンプスがあり、その鞄も手に持ちパンプスもゆっくりと履いた。 どんなにゆっくりと動いてもあっという間に“その時”は訪れてしまった。 凄く凄くあっという間だった。 この楽しくて幸せな1年は、驚くほどあっという間で。 1年もあったはずなのに“中華料理屋 安部”で幸治君の醤油ラーメンを食べる時間くらいあっという間のように感じた。 「“中華料理屋 安部”を出る時もだいたいこのくらいの時間だったね・・・。」 そう呟き、玄関で幸治君のことを見上げた。 カウンターもレジもない、手を伸ばせばすぐに幸治君に触れられる。 それでも手を伸ばすことなく幸治君に吐き出す。 「幸せになってね、幸治君・・・。 ちゃんと・・・ちゃんと幸せになってね・・・。」 ずっと昔からそう思っていた。 幸治君には誰よりも幸せになって欲しいと。 ちゃんと幸せになって欲しいと心から思っていた。 本当に、本当に思っていた。 「私のことは忘れて・・・絶対に幸せになってね・・・っっ」 大量の涙と鼻水と嗚咽まで出しながら吐き出した私に、幸治君は困った顔で笑い私の顔に両手を伸ばした。 優しい優しい両手で私の涙や鼻水を拭ってくれて・・・ 「汚ね~・・・っ」 今度は楽しそうにそう言ったかと思ったら・・・ 「こんなに美人なお姉さんがこんなに汚く泣く姿なんて忘れられるわけないじゃないですか。」 そう言われてしまった。 「ごめんね・・・・っ昔みたいに綺麗に去れなかった・・・っ」 「うん、それでいいよ。」 嬉しそうに笑う幸治君が私の涙を拭い続けてくれる。 「あの綺麗で正しいしかない“羽鳥さん”が俺の前でこんなに汚くなってくれるのは凄く嬉しい。 死ぬほど嬉しいし・・・」 言葉を切った幸治君の親指が私の唇に優しく触れる。 「昔よりも大好きになった一美さんのことを忘れるなんて絶対に無理なので、俺が迎えに行くまで大人しく待っててください。」 そう言われて・・・ そう言ってくれたけれど・・・ 「迎えに来たらダメだよ・・・っっ」 号泣しながら吐き出す私に幸治君は私の頬から両手をゆっくりと離した。 「必ず迎えに行きます。 次は増田財閥を支えて増田財閥の為に動ける、“凄い安部”になって迎えに行きます。」 それにはもう何も吐き出せなくて・・・。 泣きすぎてもう吐き出せそうになくて・・・。 首を横に振りながらその言葉とその気持ちだけは受け取る。 “じゃあ、行ってくるね。” 最後にその言葉を言う為に口を開こうとした。 最後だけはそう終わる為に本当にそう言おうと思っていた。 なのにこの口から吐き出された言葉は・・・ 「最後に・・・キスして・・・っ」 という言葉だった。
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