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翌朝 「いただきます・・・。」 静かな家の中、外から聞こえてくる雨の音が響いている。 ダイニングテーブルでもなく小さなローテーブルで、園江さんが買ってきてくれていたハムとキュウリのサンドイッチをゆっくりと食べていく。 ソファーも座椅子もクッションもなく、桜の為に敷いたカーペットの上にそのまま座りながら。 「桜、朝ご飯美味しい?」 私が食べ始めたタイミングで桜もカリカリを食べていて、後ろ姿まで可愛い桜に聞く。 「私は全然美味しくないや・・・。 あんなに格好良い園江さんが買ってきてくれたサンドイッチなのに・・・。 パパのサンドイッチはあんなに美味しく感じたんだけどな・・・。」 そう言いながらも全然美味しくないサンドイッチをこの身体に入れていく。 私が倒れるわけにはいかないから。 1人で子ども達を連れて歩いていかなければいけないから。 「頑張らないと・・・。」 今までだって頑張って生きてきた。 増田財閥の分家、小関の家の長女として綺麗で正しく、頑張って生きてきた。 「それだけじゃなく、今は“Koseki”の社長でもある・・・。」 その重みも私の身体に加わった。 「頑張らないと・・・。」 自分にもう1度言い聞かせる。 “今日も頑張ってこい、お嬢様。” 昔、家を出る時の私に和希が毎日その言葉を掛けてくれていた。 昔は私のことを“一美”と呼んでいたのにその時だけは“お嬢様”と呼んで。 私は小関一美の前に増田財閥の分家の“お嬢様”で。 増田財閥のトップを支える為だけに私達分家の人間は存在している。 それを忘れてはいけない。 産まれる前から私は増田財閥の分家の“お嬢様”。 財閥により守られ財閥から受ける恩恵だって沢山ある。 その代わり、私達分家の人間は財閥の本家を支えなければいけない。 増田財閥の繁栄と維持の為に、絶滅危惧種となってしまった分家の人間の1人として頑張らなければいけない。 「お嬢様は今日も頑張る。」 そう言って、全然美味しくないサンドイッチを全て飲み込んだのに・・・ ──────────・・・・・ 「・・・・・・っっ・・・・・っ・・・・っ」 キッチンのシンクで全てを吐き出していく。 家を出る前に桜のおトイレからうんちを取り出そうとしたら込み上げてきてしまった。 全てを吐き出し、それなのにまだ吐き出そうとしていて・・・。 遅刻をしてしまうギリギリの時間までキッチンのシンクから動けずにいた。 「・・・・ハァ・・・・ハァ・・・・」 満員電車の中、大雨に濡れた足元とスーツで立ち会社に向かっていく。 “頑張らないと・・・” “頑張らないと・・・” その言葉を何度も自分に言い聞かせる。 “幸治君との赤ちゃんを産む為に頑張らないと・・・” 片手で下腹部に優しく触れた時・・・ 「あ、おはようございます・・・ここ座りますか?」 満員電車の中で女の人の小さな可愛い声が聞こえた。 その声の方を見てみると、私が立っている斜め前の席に座っていたのは国光さん・・・。 元気君の奥さんとなった旧姓国光さんだった。
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