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「おはよう・・・」
“大丈夫”
そう続けようとした私に、国光さんは福富さんソックリな顔で福富さんとは全然違う“仏”のような顔で笑った。
「つわりで辛そうですし、座ってください。」
その言葉には驚き、それと同時に濡れていた全身がサッ─────...と一気に冷たくなった。
「大丈夫です、誰にも言わないので。
どうぞ座ってください。」
国光さんはそう言って、私に片手を伸ばしてきた。
私よりも小さな可愛いその手を見下ろす私に国光さんの声がやけに重く響いた。
「私は本家の人間になりましたから。
分家の方達をお守りすることも私の役目です。」
国光さんが分家の人間である私にそう言ってくれた。
きっと元気君から聞いているはずなのに。
分家の人間達が元気君達にどれ程酷いことをしていたか知っているはずなのに・・・。
「羽鳥さん。」
国光さんが私のことを“羽鳥さん”と優しく呼んだ。
「座ってください。
まだもう少し時間が掛かりますから。」
それは会社の最寄り駅に到着するまでなのか両親に報告するまでなのか、それとも出産するまでなのか・・・。
「大丈夫です。」
国光さんの手を取らない私の手を国光さんが優しく握った。
「今は座りましょう。
座れる時には座って、休める時には休みましょう。
それも妊婦さんのお仕事だと思いますよ。」
何も動かない私の身体を国光さんが優しく電車の席に座らせてくれた。
「長靴は便利ですよ!
雨の日も雪の日も、子どもを背負ってでも歩けるらしいですし!!」
天気予報が雨でなくてもたまに長靴を履いてくる国光さん。
そんな日は必ず天気予報は外れて雨が降る。
松戸先生の従妹であり増田会長が直々に声を掛け入社をさせた国光美鼓(みこ)。
“ゆきのうえ商店街”の近くにある“よく当たる”と言われる小さな神社の娘として産まれた国光さんのことを座りながら見上げると、不思議とその目は赤く光っているように見えた。
「男の子かな。」
お腹の中の子どもの性別は男の子なのだともう判明した。
「子ども達は男の子ばっかり・・・。」
ブタネコ之助と桜のことを思い浮かべながら呟くと、国光さんは楽しそうに笑った。
「そうですね、男の子ばっかり産まれますね。」
その言葉には驚き、そして凄く苦しくなった。
凄く凄く苦しくなった・・・。
私は幸治君以外の男の人と結婚することになるらしい。
私は幸治君以外の男の人の赤ちゃんを産むことにもなるらしい。
“いけないコト”をしてしまった私には、その拒否権はやっぱりないらしい・・・。
少しでも綺麗で正しい分家の人間でいる為に、この子を1人で産んで育てていくという“いけないコト”は出来ないのだともう分かってしまった。
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