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数日前から私の様子を窺うように電話を掛けてくるようになった和希。 私が幸治君の家から出ていることは当然のように知っていて、でも恐らく妊娠していることは知られていない。 仕事中のように気持ちを切り替えて“おはよう”と言った私に、今日も和希が秘書の言葉を掛けていく。 “ちゃんと食べていますか” “ちゃんと寝られていますか” “ちゃんと生活出来ていますか” 今日も一通りそんなことを聞き、その全てに私はしっかりとした声で嘘の言葉を答えていく。 いつもはそれで終わりになる電話に今日は続きがあって・・・。 電話の向こう側で無言になっている和希の様子が分かり、それが“怖い”と思った。 それが“苦しい”と思った。 「私の結婚相手、良い人見付かった?」 だから自分からその話を切り出した私に和希はまだ無言で、その後に小さく笑いながら言ってきた。 『俺と結婚する?』 それには少しだけ驚き、でも次の瞬間には大きく笑った。 「和希と結婚するわけないじゃん!!」 『なら一緒に住むか。』 「一緒にも住むわけないじゃん!!」 『1人暮らしなんていういけないコトを始めやがって。 しかもオートロックもないようなマンションとか勘弁しろよ。』 「警備の人つけてるの?」 『当たり前だろ!!』 「うん、そうだよね。」 “だから婦人科に2回目の通院をしてないの” このお腹に赤ちゃんがいることを今はまだ知られるわけにはいかない。 園江さんと砂川課長と佐伯さん、園江課長と若松さんも一緒になり秘密にしてくれている。 一人暮らしという“いけないコト”をしている私に警備の人がついているとは思っていた。 電話の向こう側でネチネチと小言を続けている和希の言葉を遮り、大きく笑った。 “俺と結婚する?” さっきのその言葉を思い出したから。 それで何でか凄く気持ちが楽になったから。 凄く凄く楽になったし、凄く凄く“嬉しい”とも思ったから。 今なら分かる。 幸治君のお母さんが“パパ”の赤ちゃんを妊娠している中で、“お父さん”と結婚した気持ちが。 “お父さん”のことだってちゃんと好きだったのだと分かる。 そして大好きな“パパ”との赤ちゃんのことを守る為にも“お父さん”と結婚をしたということも。 「1人だと凄く大変だよ!!」 散らかった部屋、常に怠くて気持ち悪くて具合が悪い身体、ホルモンの影響により常に不安定な気持ち。 でも・・・ 「“俺と結婚する?”って言ってくれてありがとう。 なんだか凄く気持ちが楽になったし、久しぶりに笑えたし、それに・・・」 言葉を切った後に和希に吐き出した。 「私、和希のことが凄く好きだって分かった。」 私が吐き出した言葉に和希は少しだけ無言になり、それから小さく笑った。 『それを普通に言えてることに安心した。』 「どういうこと?」 『一美が“お兄ちゃん”のことを・・・安部幸治のことを好きでいることがよく分かった。』 和希がそんな当たり前のことを言ってきて・・・ 『一美お嬢様の婚約者としてご紹介したい方が見付かりました。 本日、譲社長よりお話があるかと思いますのでよろしくお願い致します。』 さっき軽くなっていた気持ちは、また地に堕ちた。 一生懸命剥いた梨も食べることなんて出来なかった。
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