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怠さなんて気付かないくらい、気持ち悪さなんて気にならないくらい、仕事に集中していく。 そうしなければ考えてはいけないことを考えてしまいそうで。 私には生まれた時からしては“いけないコト”が沢山あった。 考えるだけでも“いけないコト”だって沢山、本当に沢山あった。 どんな“いけないコト”を考えるのかは分からないけれど、きっと“いけないコト”を考えてしまうことだけは分かるので必死に頭の中を仕事のことだけにしていく。 一心不乱にタイピングをしていた時、誰かの手が私の肩を叩いた。 その手の主を見上げると砂川課長で・・・。 「大丈夫ですか?」 心配そうな顔で私のことを見下ろしている砂川課長に笑顔を張り付けて答える。 「はい、大丈夫です。」 「何度呼んでも気付いていなかったので。」 「ごめんなさい、集中しすぎていました。 部長と課長の松戸先生との打ち合わせが終わったんですね。」 今月はちゃんと月末に予定された松戸先生の訪問。 私の順番が来たことに小さく動揺する。 いや・・・やっぱり大きく動揺してしまう。 だって、松戸先生に文句を言ってしまいそうで。 私の32歳の誕生日までに幸治君をうちの財閥の担当にしてくれなかったことを責めてしまいそうで。 私のことを幸治君の相手として認めてくれることはなかった松戸先生に絶対に悪口を言ってしまう。 私は今日、譲社長から婚約者の紹介をされる。 幸治君ではない男の人と結婚をして幸治君ではない男の人の子どもも生み、幸治君ではない男の人との家族を作らなければいけない。 “1人で幸治君との子どもを育てたかったな” “これから譲社長にお腹の赤ちゃんのことを報告しないと・・・。” 重い身体をぎこちなく動かしながら立ち上がり、資料とノートパソコンを持った。 “まだ中絶手術が出来てしまう週数だけど、お伝えしないと・・・。” 元気君ならまだしも譲社長はどんな反応をするのか。 どんな判断をするのか。 いつかうちの財閥のトップに立つ元気君の為に財閥を整えている譲社長は、分家である私にどこまで求めているのか。 私にどこまで“綺麗で正しい”分家の人間の姿を求めてくるのか。 “怖い”と思ってしまう譲社長の姿だけしか思い出せなくなっている中、経理部の扉に手を掛けた・・・ その瞬間・・・ 「あ、羽鳥さん。 譲社長からお話があるそうなので先に社長室へお願いします。」 そう言われた。 そう言われてしまった・・・。
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