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まるで錆びてしまったかのようにスムーズに動かない足を必死に動かしていく。 必死に動かし、動かし、着いた場所は譲社長の社長室の前・・・。 ではなく、松戸先生の訪問の際にいつも使っている会議室の扉の前だった。 苦しくて苦しくて・・・。 怠さも気持ち悪さも分からないくらいに“苦しい”しかなくて・・・。 譲社長と会う前にここへ来てしまった。 “いけないコト”をする為に来てしまった。 私は今から松戸先生に文句も悪口も言う・・・。 どんな酷い言葉だって汚い言葉だってこの口から吐き出す。 そうでもしないと息も出来ないくらいに“苦しい”。 こんなに苦しくては譲社長の所へは行けない。 幸治君ではない他の男の人の元へなんて行けない。 私は行けない。 私は行けない・・・。 ちゃんと覚悟していたはずなのに。 私はずっと、ちゃんと覚悟出来ていたのに。 だから何も考えなかった。 だから何もしてこなかった。 31歳の誕生日の日まで、私は“いけないコト”をしたいと思ったこともなかったのに・・・。 なのにあの日、“ラーメン 安部”へ幸治君に会いに行くという“いけないコト”をしてしまった。 震える手で会議室の扉の取っ手に手を掛ける。 さっきからずっと、手を掛けている。 なのにこの手を動かすことが出来なくて。 1人では“いけないコト”なんてやっぱり出来そうになくて。 私が心の奥底でずっと望んでいたであろう“いけないコト”を幸治君が一緒にいてくれたから出来ていたのだと改めて分かる。 “そんなにいけないことじゃないですよ。 羽鳥さんの32歳まで残り少しじゃないですか。 これからも続く長い人生の中で羽鳥さんが頑張れる為に、みんなで見なかったことにしましょう。” いつか聞いた園江さんの言葉が頭の中に戻ってきた。 「“いけないコト”はやっぱりしたらいけなかった・・・。 だって、頑張れない・・・。 私はもう頑張れないよ・・・。」 扉の取っ手から手を離し、その手で下腹部に触れた。 「幸治君じゃない男の人と結婚することなんて出来ない・・・。」 “いけないコト”をして知ってしまったから。 大好きな人と・・・愛している人と夫婦として過ごす楽しくて幸せな毎日を。 「幸治君の赤ちゃんが私の所に来てくれたことが、怖いのにこんなにも幸せで・・・。」 幸治君と一緒にした沢山の“いけないコト”。 そのどれもがまだ思い出なんかに出来ていなくて。 まだまだ私の中であのシャボン玉のように虹色に輝き続けていて。 「増田財閥の分家の女として・・・綺麗で正しく政略結婚をすることが出来なくなっちゃった・・・っ」 下を向いた瞬間に涙が足元へと落ちた。 次から次へと落ちた。 幸治君と過ごした楽しくて幸せな思い出をその涙を眺めながら思い出していた。 沢山・・・本当に沢山、思い出していた。 その時・・・ フッ────────...と、音もなくすぐ目の前の扉が開いたのが分かった。 それには慌てて顔を上げると、見えた。 ムカつくくらいに整っている松戸先生の姿が。
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