227人が本棚に入れています
本棚に追加
「俺、関係ない奴なの?」
先生が奥に消えていった後、幸治君がまた私の元へ戻ってきてくれ私の手をギュッと握った。
「一美さんにとって・・・この子にとって、俺は関係ない奴なの?」
全然怒っている顔ではなく、むしろ優しい優しい顔で私のことを見下ろし、もう片方の手で私の下腹部を優しく優しく撫でる。
優しい優しい顔で私の下腹部を撫でる幸治君の姿を見て、分かった。
「私が生理だって嘘ついてたの、分かってたの・・・?」
「なんで?」
「私が嘘をついてた時と同じ顔で・・・同じ手で、同じ場所を撫でてくるから・・・。」
答えた私に幸治君は小さく頷いた。
「何で分かったの・・・?
生理用品捨ててなかったから・・・?」
「いや、松戸から殺される勢いで詰められた時に聞きました。
“ゴムの重要性を俺もオッサン達もあれ程話してただろ!!”ってめっちゃ詰められた。」
「松戸先生・・・国光の家の人だからね・・・。」
「普段はあの人の従妹ほど勘が鋭いわけではないんですけど、松戸は具合が悪い人によく気付くんですよね。
“あれは妊婦の顔色だった”って詰められまくりましたよ。」
「・・・今月の2日に松戸先生の訪問があった日にはもう知ってたの?」
「そうですね、事務所に戻ってきた松戸の第一声が“ガキのくせに一丁前に中出ししやがって”で、そこからもう・・・マジでヤバくて。」
「そっか・・・。」
少しだけ笑えてきたけれど、握られている手を振りほどき下腹部を撫でている幸治君の手を払い除けた。
「でもこの子、幸治君の子じゃないから。」
そんな最低な言葉を吐き出した私に幸治君はやっぱり優しい優しい顔で・・・
「俺の子じゃなくても、俺が父親になってもいいですか?」
そんなことを言って・・・
私の手をまたギュッと握った。
「一美さんが妊娠していると分かってから、増田財閥の担当になる為にこれまでの増田財閥の歴史や数字を死ぬほどこの頭に詰め込んで来ました。」
うちの財閥の新しい担当者として今日はあの会議室にいたと分かる。
そして、そんな幸治君のことを譲社長が私の婚約者として紹介するつもりだったということも。
「公認会計士になる時よりもマジで死ぬほど速く走りましたから。」
そう言って楽しそうに笑う幸治君を眺めていたら、両目から涙が流れてしまった。
「譲社長には松戸から、“24だった時の僕と同等どころか当時の僕より収入がありますし、当時の僕よりもランクが少し上のスーツと腕時計を身に付けているので、安部も担当者にします“って言ってました。」
「松戸先生は私のことが大嫌いなはずなのに・・・?」
「あの人は可哀想な子どもを見ていることの方が大嫌いな人なので。」
幸治君のもう片方の手がまた私の下腹部に戻ってきて、優しい優しい顔で口を開いた。
「俺は一美さんの財閥を支えて一美さんの財閥の為に動ける男になりました。
遅くなってすみません。
俺をこの子の父親にしてくれませんか?」
またそう言ってくれた幸治君に、私は泣きながら首を横に振った。
幸治君の手を振りほどくことも払い除けることも出来そうにないから、首だけでも必死に横に振る。
「俺じゃダメですか?」
困った顔で笑う幸治君を見て、思う。
強く強く思う。
「この子は“可哀想な子”になんて私がしないから、幸治君が父親にならなくても大丈夫。」
泣きながらだけど強く吐き出した。
「私だって大嫌いなの・・・。」
こんなにも大好きな幸治君のことを、こんなにも愛している幸治君のことを見詰めながら強く強く、強く強く吐き出した。
「私だって、“可哀想な子”を見ているのが大嫌いなの。」
私のお腹の中にいる子は“可哀想な子”にはならない。
きっと・・・きっと、ならない。
「幸せになって、幸治君・・・。
ちゃんと・・・ちゃんと幸せになって・・・。」
“可哀想”としか思えないような恋愛観を持っていた“あの頃”の幸治君が浮かんできて、今の幸治君と重なった。
“可哀想”な男子高校生だった幸治君だけではない。
私と再会してしまったせいで、普通なのに可哀想な幸治君になってしまっていた数日前までの“可哀想”な幸治君の姿まで重なった。
3人の幸治君に向かって私は吐き出す。
昔から思っていたこと。
昔から本当にそう望んでいたことを。
「幸治君はもう“普通以下”でも“普通”でもなく、“凄い”幸治君になれたから大丈夫。
どんな女の子のことも好きになって大丈夫だし、どんな女の子にも好きと伝えて大丈夫だよ。」
あんなにも良い子で、なのにあんなにも“可哀想”な気持ちを私に抱いてしまった幸治君に、強く強く、強く強く強く、吐き出した。
「うん、だから・・・だから、俺は一美さんのことが好きです。
昔からずっと、今も変わることなく、これからも絶対に変わることなく大好きです。」
真剣な顔でその気持ちを伝えてくれた今の幸治君の顔に、“あの頃”の2つの幸治君の顔が重なっている。
その全ての幸治君に対して私は心から笑った。
心から笑って・・・
「ありがとう。
私も幸治君のことが大好きだったよ。」
そう伝えた。
シミが出来ていない顔で最後にそう、伝えられた。
最初のコメントを投稿しよう!