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「最愛の人、って・・・」
唯斗君が呟き、私の腕から手を離さないまま続ける。
「あんたさっき1階のエントランスで電話してた人だよね?
一美ちゃんの何?」
「一美ちゃん・・・。」
私のことを抱き締める幸治君の手に力が込められた。
「ああ・・・あなたが次の・・・「違うから。」
唯斗君のことを絶対に勘違いした幸治君にハッキリと否定し、唯斗君の手から私の腕を引き、その手で幸治君のスーツをキュッと握った。
「唯斗君は親戚の男の子。
私がここに引っ越す時に唯斗君も隣に越してきてくれたの。
私が一人暮らしをすることを心配した唯斗君のお姉ちゃんが、“好きに使って”って言って。
・・・そんなことより、幸治くん。」
「そんなことよりって、姉ちゃんも一美ちゃんも俺の扱い酷いって!!」
唯斗君の言葉を無視し、幸治君が私に向かって口を開いた。
「具合悪い?」
「うん・・・お腹、お腹が痛くなって・・・そしたら・・・何か・・・“何か”出てきて・・・っ」
「何かって?」
そう聞かれ・・・
私は両手で幸治君にしがみついた。
「分からない・・・・・・っ怖い・・・・っどうしよう・・・・・っ」
”赤ちゃんが死んじゃってたらどうしよう・・・・っ“
その言葉は言葉に出すことも恐ろしすぎて、言葉にはならなかった。
「俺のこと無視しないでよ。
何?どうしたの?
取り敢えず車出すってことでよい?」
「うん・・・よい。」
「すみません。」
幸治君が唯斗君に謝罪の言葉を伝え、それから私のことを軽々とお姫様抱っこした。
それを見た唯斗君が私達のことをジッと眺めてきて・・・
「一美ちゃんって昔から全然変わらず若いままだと思ってたけど、こうやって見るとやっぱりオバサンだよね。」
“そういう所”がある唯斗君が今このタイミングでそんな最悪な言葉を吐き出してきた。
それには身体の震えも止まり、何でか頭が一気に冷静になる。
「どうせ私はオバサンだもん・・・。」
その言葉を吐き出したら急に色々と溢れてきて・・・
やっぱり、冷静ではいられなくて一気に溢れ出してきて・・・
「幸治君からもお説教されて、お腹の中の子からも“私じゃダメ”って言われちゃうような、煩くて面倒でヤバいオバサンだもん・・・・・っっっ」
幸治君の太い首に抱きつき、号泣しながら吐き出した私に幸治君は何でか大きく笑った。
「妊娠してからの一美さんの情緒、マジでジェットコースターなんっすけど!!!」
「え・・・!?
一美ちゃん妊娠してんの!?」
分家の人間である唯斗君に知られてしまい、それには慌てる。
普通に歩き始めた幸治君の首元から恐る恐る唯斗君のことを見ると、唯斗君が深刻そうな顔で口を開いてきた。
「高齢出産だからね、ちょっと心配だね。」
そんな言葉には絶句し・・・
「はあ・・・!!?違うから!!!!」
「一美さん、あんまり興奮しないでくださいって。」
唯斗君のお陰なのか唯斗君のせいなのか“怖い”気持ちはなくなり、その代わりに・・・
「幸治くん・・・この子って昔から“失礼”どころか“酷い”ことを言ってくるんだよ・・・。」
幸治君に甘えると幸治君が笑いながら優しく私に笑い掛け「可哀想に」と言ってくれた。
「俺も一応空気を読んで深刻な話にしなかったのに。
じゃあ言っていい?」
唯斗君が車の後部座席の扉を開けながらサラッと続けた。
「一美ちゃんが結婚もしてないのに妊娠とかマジでヤバいって。
小関だけが優遇されてるみたいな状況で、しかも一美ちゃん社長になったしさ。
面白くない分家の人間達・・・特にオジサンとオバサン層はヤバいよ?」
その通りのことを指摘されてしまい、それには無言で車に乗り込んだ。
そしたら、隣に座った幸治君が・・・
「何もヤバくありませんから。」
普通に見える顔で・・・でも、凄く怒っているようにも見える横顔で私の下腹部を優しく撫でた。
「“この子”も聞いているのでそういう話はしないでくれませんか?」
唯斗君にハッキリとした口調で言った後、私の下腹部から手を離して私の手を優しく握った。
「一美さんのこともこれ以上不安にさせないでください。」
幸治君の手があまりにも大きく感じて・・・
幸治君の手があまりにも温かく感じて・・・
ちゃんと息が吸える。
あんなに苦しかった私の身体に優しくて温かい空気が入ってくる。
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