富士の樹海へレッツゴー

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富士の樹海へレッツゴー

 てわけで来ました大学。  なんと場所は富士の樹海内。 「え、マジでそんなとこにあんの?」 「富士山の神様が樹海の一部の空間を使って作ったのよ。大丈夫、結界が張ってあって部外者は入れない仕組みよ。行くにも専用ゲートを使って空間移動しないとダメなの」  今回は九郎の神通力で空間つなげてもらった。  行ってみると、あら不思議。森に囲まれた巨大な学園都市だった。もちろん青空が見えるけど、空にも結界が張ってあるんだろう。  その空にはフツーにドラゴンやら魔女やら妖やらが飛んでるし、そこらを歩いてるのもあきらかに人外ばっか。  うちも九郎の配下がいっぱいいてすごい光景が日常だけど、これは。 「うわぁ、すごい」 「世界中から様々な種族を受け入れてるから壮観だよねぇ。世界には他にもこういう特別な学校はあるけれど、ここまで多種多様の種族が仲良く生活できてるのはここだけらしいよ。国によっては宗教的対立とか差別があって」 「日本はそういうとこユルイもんね」  寛容なのはいいこと。種族や宗教が違っても仲良く平和が一番。  母がきょろきょろして、 「えっと、待ち合わせはこのあたりのはず……ああ、いたいた」  アイヌの文様の入った割烹着姿の小柄な女性が手を振って近づいてきた。 「いらっしゃい。久しぶりね」 「こんにちは、藍おばあちゃん」  先祖の一人でコロポックルだ。本来はもっと小さいけど、普段は生活の利便性から術で140センチくらいにしてる。  江戸時代の北海道出身。つつましく暮らしてたんだけど運悪く人間に見つかり、見世物として売られたという。本州に連れていかれるもなんとか逃げ出し、流れに流れて加賀地家の人と出会う。ワケありと出会って保護することに慣れてる加賀地家は藍おばあちゃんを歓迎し、そのうち当主の息子と愛し合うようになって結婚したそうな。 「東子は大きくなったねぇ。年取ると年月が早いよ。もう大学生かい」 「藍おばあちゃんは変わらず若いね」  外見年齢30代にしか見えん。 「ははは、コロポックルなんで見かけだけはね。中身はババアだよ。だから寮母なんてできるのさ」  陽気に笑って右手のほうに見える4階建ての建物を指す。 「ここは力がコントロールできない子や家族に捨てられた子も多い。そういう子のために寮があってね。私はその寮母をしているわけ」 「けっこう大きいね。部屋数もありそう」 「残念ながら理解ある家庭ばかりじゃないのさ……」  藍おばあちゃんはため息ついた。  だろうね。うちは人外がほとんどだから何らかの能力持った子供が生まれてもそれが当たり前だけど、普通の家庭じゃびっくりだろう。下手したら恐怖に感じるかも。 「中には容姿や力が不気味だといって裏社会に見世物や奴隷として売られる子が現代でもいる。警察が保護した後、行き場がない場合はここで引き取ってるのさ。私も昔、見世物として売られた経験がある。気持ちはよく分かるからねぇ」  さて、と藍おばあちゃんは歩き出した。 「ついといで。こっちが大学だよ。ざっと案内したげる」  教室・実験室・研究室などが入った建物が7棟、大きな講堂も5つ。購買や食堂も敷地が広いから3つもあるらしい。驚いたのは美術館や博物館まであった。 「魔道具だの呪術の道具だの武器だの研究してると、色々保管に困った物を引き取ってくれるんじゃないかと押しつけられることがよくあってね。かなりの数になっちゃったらしいのさ。今なら比良坂士朗に処分を頼めるが、当時は生まれてないしね。じゃあ博物館や美術館作って収蔵しちゃえばいいんじゃないかってことになったのさ」 「はー。普通のと違ってそういうアイテムとかヤバいブツばっか展示されてんのね。それはそれで見てみたい」 「うちの神社に捨てられてたのもあるわよ。一時期保管場所がパンクして、一部を引き取ってもらったから」と母。  うちにあったやつもかい。  『邪神を封じた神社』と言われてたうちにはそのテのが捨てられてることがよくあった。五寸釘打ち込まれたワラ人形なんかしょっちゅう。 「って、パンフの地図見ると牧場や農場まであるんだけど」 「植物系や動物系の種族もいるからねぇ。彼らに手伝ってもらって品種改良してるのさ。自給自足できるよ。収穫したものは食堂で使ってる」 「妖狐警察出張所……これは驚かない。警察の派出所。これもまぁそうでしょうね。消防署、病院まであんの」 「普通の病院にはかかれないでしょう?」 「スーパーまで。もはや町じゃん」  外出る必要ないわ。暮らせるよ。 「その通り。さっき言ったように力をコントロールできない子も寮にはいる。この中なら暴走してもすぐ誰かが抑えられるけど、外じゃ無理。お互いの安全のため生活に必要なものは中で手に入るようになってるのさ」 「ああ、なるほど。でもこれだけ色んな種族・宗教が入り乱れてるのによく平和だね」  見回せば、天使の羽はえてる人とホウキに乗った魔女が空を飛んでるかと思うと、悪魔のしっぽはえてる人が小人と話してたり、獣人が走ってたり、巨人が居眠りしてたり。 「ここでのルールはただ一つ、ケンカしないこと。相手の種族・考え方・宗教・文化を尊重し、それが自分と違っても排斥・攻撃・差別せず仲良くやることなのさ」 「よくみんなちゃんと守ってるね」 「そりゃあ誰だって理事長の神罰は恐いさ。あれくらって反省しないやつはいないね」 「理事長?」 「妾のことじゃな」  聞き覚えのない声のほうを見れば、外見年齢20代で和装の女性がいた。  黒地に古典花柄の、とても上品な名家のお嬢様といった感じ。  そして彼女が人間でないことは一発で分かった。どう見てもレベルが違う。 「初めましてじゃな。妾はこの学園の理事長をやっとる。イワナガヒメじゃ」  イワナガヒメ!?  思わず叫びかけたわ。  誰って?  古事記によれば人間界である中つ国を治めるため高天原からやって来たニニギノミコトは、とある女神を見初めた。富士山の神様コノハナサクヤヒメ。  速攻プロポーズすると、姫の父は一緒に姉のイワナガヒメもどうかと提案した。ところが面食いなニニギノミコトは姉のほうは帰してしまう。  姫の父は怒りあきれた。 「コノハナサクヤヒメは美しい。が、花はいつか枯れるようにその子孫は短命とう宿命をもつ。それを防ぐために岩のように長く生きる姉もつけたのに……。これで貴方の子孫は寿命が短くなりましたな」  というわけで人間はいつか死ぬようになりましたとさ……っていう神話ね。  つまりイワナガヒメは返されてしまったほう。  ……でも、あれ?  あたしは首をかしげた。  その話のせいで不美人て言われてるけど、そうか?  どっからどう見ても普通。「レべチな超美女!」ってわけじゃないけど、普通の容姿だよ? ブス認定されて突っ返されるほどひどくないよ?  イワナガヒメは察したように笑った。 「ははは、『古事記』を知っとるとみんなたいていそういう反応するのう。ああ、言っておくが超絶ブスが普通に見られる程度に化けているわけではないぞ。これが素顔じゃ。確かにこの顔は不美人認定されとる。な」 「あ。現代と古代じゃ美の基準が違うんですね?」  ピンときた。  理解した。 「その通り。あの頃の美男美女は今の子には『は?』と言われるだろうの」  令和の十代が昭和の美男美女アイドルの写真見ても「えっ……こんなのが流行ってたの?」って言うでしょ。まして数千年前ならなおさらだ。 「千年前の平安時代だって眉全部抜いて黒い丸描いて、歯も真っ黒がトレンドですもんね」 「うむ。美の基準は時代によってめまぐるしく変化するものじゃ。そんなわけで現代だと妾は『普通』らしいの」  九郎が不思議そうに、 「ときに富士山の神は妹のほうではなかったか?」 「ああ、場所が場所なのになぜ理事長が妹でないのか、かのう? 最初はそうじゃった。妾は途中で代わったのじゃよ。ここはワケあって普通の学校に通えぬ者が集まっておる。が、それゆえ一時期はトラブルが多くての。校内暴力に学級崩壊だらけじゃった。妹は優しいからどうもできぬ。そこで妾が力ずくで抑え込んだのじゃ。妾を怒らせるとどうなるか、短命の呪いで分かるじゃろ?」  にこやかにグーパン握りしめるイワナガヒメ。  分かります。  確かに理事長怒らせるバカはいなかった。日本神話で怒らせちゃいけない女神トップ3に入るお方を敵に回すってどんだけアホよ!  ここで母が言いにくそうに、 「あのね東子、実はあなたを小学生のうちからここに通わせようかって話もあったの」 「え、そうだったの?」 「地元じゃうちは差別されてたでしょ? でも当時ここはまさに学校崩壊のさ中だったんでやめたのよ」 「ああ……みんな何らかの能力者が暴れ回ってる状況じゃ、自衛手段がないと危ないから」  あたしは先祖に仙術と忍術の最低限の護身術を教わったが、そんなどえらい環境で自分の身を守れる程度かというと……うーん自信ない。 「ふむ、あの頃では確かに危なかったろうの。入学をやめて正解じゃ。毎日警察が出動する騒ぎで、それで派出所があるわけじゃよ。なにしろどいつも力を使って暴れるもんで辺り一帯吹き飛ばすのは日常茶飯事。ケガ人続出。あやうく死者が出かけてのう。どうにかせねばということになって、職員に名を連ねておった妾が立ち上がった。妹の不始末は姉が片付けねばな」  あれ、ニニギノミコト関連で妹と仲悪くなったわけじゃないんだ?  イワナガヒメはまたもあたしの心を読んだかのように、 「別に妾は妹を恨んではおらぬぞ。嫌いなのはニニギのやつじゃ。それも妾をブスだと言って突っ返したからではない」 「え、違うんですか?」 「そもそもニニギが結婚したかったのは初めからサクヤじゃろ。それを父が短命の運命を変えるためとはいえ一方的に妾までつけた。ニニギは事情を知らんかったのだし、妾はノーと言ったのは分かる。ブスと言ったのは余計じゃが。しかし妾のほうもあやつは好みではなかったから結婚せずに済んでむしろラッキーじゃった」 「こ、好みじゃありませんでしたか……」 「嫌いな理由はその後のことじゃ。あやつ、サクヤが妊娠したら腹の子の父親は自分ではないのではないかと疑いおった!」  拳を握り締めて般若の形相。  め、めっちゃ怒っていらっしゃる。  殺気ヤバイ。 「どっかの山が噴火しないといいな」 「九郎、のんびり言ってる場合?」 「サクヤが浮気したとでも!? うちのかわいい妹にそんな疑いをかけるなど言語道断! 速攻突撃してブン殴ってやったわ! 顔が原形をとどめぬほどにな!」 「ああ、聞いたことがある。ニニギノミコトの子だってことを証明するためコノハナサクヤヒメは産屋に自ら火を放って出産。そんな中でも無事生まれてきたんで確かに自分の子だとニニギノミコトは認めたわけだが、それともう一つはイワナガヒメがフルボッコにして怒ったからだって。相当恐かったらしい。サクヤヒメはっていうと、姉が自分の代わりに怒ってくれたのがうれしくて、以来さらに姉妹仲良しになったとか……」 「ボコるの止めなかったんだ。コノハナサクヤヒメも相当怒ってたのね」  そりゃそうか。 「うむ、妾たち姉妹は仲良しじゃぞ。この前も姉妹デートしたしの。評判のスイーツ堪能した」  仲が良くて何よりです。 「妹は底抜けに優しい。ゆえに教育者には向いておらんかった。これは単に誰しも合う職業と合わないものがあるというだけのことで、サクヤが悪いわけではない。よって後は妾が引き受けたのじゃ。妾なら遠慮なく悪ガキどもぶっ飛ばせるからの」  イワナガヒメは殺気を消して肩をすくめた。 「教師陣も改革したんじゃ。いざという時に抑え込める力の持ち主や、圧倒的にレベルが違いすぎて勝てないという相手とかの。例えば比良坂家の者じゃ」  比良坂……って。 「知り合いじゃろ。ほれ、ちょうどそこにおる」  ウワサをすればなんとやら。比良坂三男、翠生さんが担任してる小学生ゾロゾロ引き連れて通りがかった。  真面目メガネ青年の彼はオモイカネノカミの力の一部を持つ。天岩戸に天照大御神が引きこもった時、外に出す作戦考えた神様ね。 「おや、みなさんこんにちは。ああなるほど、加賀地さんの手続きですか」  桃ちゃんがぴょこんと飛び出して、 「あっ、東子さん九郎さんこんにちは! 大学ここに入るんですか? それじゃあしょっちゅう会えますね!」  桃ちゃんの隣には今日もクールな妖狐警察長官綺子ちゃん。 「そっか、二人ってここの小学校通ってたんだ。比良坂さんもここにお勤めだったんですね」 「はい。兄の蒼太もここの幼稚舎で働いてますよ。ほら」  反対側から園児率いてやって来るのは次男蒼太さん。 「アラ、みなさんおそろいで」 「お久しぶりです」  どうやら今は肉体は男性バージョンのオネエらしい。仕事中はたいていこのモードだと前に聞いた。  彼兼彼女はアメノウズメの力の一部を持ち、元が男性のところに憑依したんで両性具有になったそうな。本人は楽しんでて、その時の気分で男性か女性か変えてるらしい。 「今や時代はジェンダーレス。男か女かどっちでもないどころか、どっちでもあるヤツがいたっていいじゃない。自分の性別どっちだろーって悩んで苦しむくらいなら、今の気分は女だったら女、男だったら男って、気分で性別変えて生きてみれば? 楽しいわよ!」とは本人談。  ううむ、深い。 「おしゃべりしたいところだけど、子供たちお散歩中だからまたね~」 「僕らも授業中なので失礼します」 「はい、またー」  みんなそれぞれの方向へ去ってった。 「幼稚園にアメノウズメ、小学校にイザナミノミコトとオモイカネノカミと妖狐警察長官……えらい配置ですね。こりゃ問題起こすアホ出ないわ」 「ほっほっほ。中高大にも実力ある神を配置しとる。本当は比良坂士朗にも声かけたんじゃがの。神・人・妖の仲裁役でありイザナキノミコトの力の一部を持つあやつが校長になってくればもっと睨みがきかせるじゃろ? だが、ぐーら生活がしたいと断られた。あのサボり魔め」 「目に浮かびます」  桃ちゃん、あれが長兄で大変だろうな。 「当時はまだ比良坂桃が昏睡状態じゃったからそれどころではなかったというのもあろうがの。ともあれもう治安は回復し、安全じゃ。安心して通学できるぞ」 「ありがとうございます」 「ではさっそく手続きしてしまおうかの」  理事長室に行くと、イワナガヒメはさっさと入学許可証発行してくれた。 「え、こんなアッサリいいんですか。面接とか入試は」 「おぬしらは有名で、妾も知っておる。そもそもこの学校は面接や推薦制じゃ。おぬしらが通うことはこちらにもメリットがあるしの」 「ヤマタノオロチの息子が大学にいれば抑止力になりますね」 「それもあるが……」  イワナガヒメは不意に真剣な顔つきになって、 「蛇神九郎、おぬしに頼みがある。おぬしの持っとるカフェ、学園内に出店しておくれ」  何の話です?! 「さっき言った姉妹デートで行った店、おぬしのとこのカフェなのよ。評判で一度行ってみたかった。おいしいしカワイイ! 近くにほしい!」  姫、言葉遣いが変わってますよ。  なんかだいぶ現代風に。 「ん? ああ、普段は現代風のしゃべり方だけど何か? 理事長として仕事中はわざと古めかしいしゃべり方にしてるだけで。服装もそう。あえて古い時代の恰好としゃべり方してたほうが神っぽくて悪ガキどもも一目置くものでね」 「それはそうですね」  九郎は重々しくうなずいて、何か書類出した。 「こちらもそのつもりで計画準備してきた。嫁とのキラキラキャンパスライフのため、しゃれたカフェや店は必須だろ」  なにやってんだ祀り神様。 「大きさはこのくらいで、既存の店と同じコンセプトで……予算は……」 「賃料は……場所は……」  真剣に頭つきあわせてガンガン話進んでるんですけど。 「バイトは学生を雇えば雇用創出につながる。外じゃ危なっかしくてバイトさせられない学生もいるんでね。いつから始められる?」 「すぐにでもとりかかれる。それと他に、和がコンセプトの喫茶や配下がやってるアパレルショップもどうだ? 外国から来てる者には和風はうけるぞ。このアパレルショップは体が大きい・小さいサイズにも対応し、各国の民族衣装も手がけてる」 「それは助かる! 服はスーパーの売り場の片隅で必要最低限のしか扱ってなくて、どうしても一般的人間サイズと形しかないのよ。今は通販で大抵のものが手に入るから通販でいいかって思ってたんだけど、実物見てみたいだろうしねぇ。実際来てみたらサイズ合わなかったってよくあるし、届くまで時間もかかるしね。外に出るのが危ない生徒も中に品ぞろえ豊富な店があれば喜ぶわ」 「店でタブレット端末から検索して、これ着てみたいってのがあれば神通力ですぐ倉庫から取り寄せられるスタッフ常駐させる。それから温泉も作らないか? うちはスパリゾートも経営してる。ここ、山すぐだから温泉出るだろう?」 「温泉……! いいね! 最高! サクヤに頼んで出させる! ぜひエステも!」  めちゃくちゃ目輝かせてますね。 「九郎、あんた何しに来たのよ。事業拡大? どこまで出店する気」 「だって青春したいし。あれこれ取り揃えてキャンパスライフ楽しみたい」 「どっかズレてる気がする……」  あたしのツッコミをよそに、イワナガヒメ理事長とヤマタノオロチの息子は真剣に学園都市をよりよくする計画を熱く語り続けた。    
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