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「……すはく?」
幼子が、あどけなくも頼りない声で問いかける。見知った面影は、どこにも見出せない相手に向かって。
「すはく、でしょ? たすけてくれて、ありがと」
幼子の眼前にいるのは、黒鱗の胴体が目に眩しい、長大な生物。その鋭い鉤爪で自身の衣服を引っかけられ、ぶらぶらと宙に浮いたままの状態で二つの巨大な朱眼と正面から向き合っているというのに、泣き出すどころか、怖がる様子も見せずに笑顔で礼を述べている。
——こやつ、この形が恐ろしくはないのか。
妖の口から、人の言葉では無い、短い唸りが漏れ出た。異形の身を恐れず、笑みを向ける幼子への不審と感嘆、稀有な興味とが綯い交ぜとなった唸り声だ。
間一髪で幼子を救出した男の本性は、龍種の妖、蛟だった。
体長、七丈(約二十一メートル)。胴体にひしめく鱗は、さながら黒曜石のごとき色艶で水を弾き、白銀に輝く一本角の下には燃える朱眼が煌めいている、龍王の眷属。
朱白とは、額にある白銀の一角と、柘榴石の鮮麗さを持つ朱眼からの名乗りである。
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