序章【一】

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「……すはく?」   幼子が、あどけなくも頼りない声で問いかける。見知った面影は、どこにも見出せない相手に向かって。 「すはく、でしょ? たすけてくれて、ありがと」  幼子の眼前にいるのは、黒鱗の胴体が目に眩しい、長大な生物。その鋭い鉤爪で自身の衣服を引っかけられ、ぶらぶらと宙に浮いたままの状態で二つの巨大な朱眼(しゅがん)と正面から向き合っているというのに、泣き出すどころか、怖がる様子も見せずに笑顔で礼を述べている。  ——こやつ、この(なり)が恐ろしくはないのか。  妖の口から、人の言葉では無い、短い唸りが漏れ出た。異形の身を恐れず、笑みを向ける幼子への不審と感嘆、稀有な興味とが()い交ぜとなった唸り声だ。  間一髪で幼子を救出した男の本性は、龍種の妖、(みずち)だった。  体長、七丈(約二十一メートル)。胴体にひしめく鱗は、さながら黒曜石のごとき色艶で水を弾き、白銀に輝く一本角の下には燃える朱眼が煌めいている、龍王の眷属。  朱白とは、額にある白銀の一角と、柘榴(ざくろ)石の鮮麗さを持つ朱眼からの名乗りである。
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