序章【二】

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序章【二】

「お前、私が怖くないのであれば、今日から養い親になってやろう」  人型に変化した朱白が声をかけた幼子は、泣きじゃくっていた。父と母、祖父母の名を呼ぶ悲痛な声が場に響く。  つい先刻、家族全員の死亡が、幼子に告げられた。  幼子が滝壺に落下しかけたのは、その瞬間、地震が発生したから。山と大地を大きく揺るがせた激震は土石流も同時に引き起こし、幼子の住む集落を土砂で覆い尽くした。  幼子は四歳にして家族を一度に喪い、天涯孤独となった。最初はその意味を理解できなかったが、一週間の捜索の末、誰も戻らないことで子どもなりに死を理解するに至った。 「おいで。童よ、この手を取れ。抱いてやろう」 「だっこ? おかあちゃんみたいに、だっこしてくれるの?」  「あぁ、今から私がお前の親だ。十年(ととせ)か、長くとも二十年(はたとせ)。お前が一人前になるまでの期間、養ってやる。その程度の歳月ならば、龍王も目を瞑ってくださることだろう」    古代、龍王の眷属として生を()けた蛟と、人の時間を生きる童。  これが、元来、交わるはずもなかった二種の、切なくも甘やかな共生の始まり。  確定している終末から目を逸らさずに、朱白は人の子をその手に抱く。そうして、未知の世界へと足を踏み出すこととした。
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