AIネイティブ

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 親として子どもにはいいものを食べさせ、出来る限りの教育を施したいのが人情だろう。「アリス」と娘との関係は一見良好そうに見えるが、父親としてはこの一番安いモデルの人工知能が娘の家庭教師としてふさわしいかどうか必ずしも自信がない。セールスマン曰く、最上位モデルの「ミケランジェロ」と比較しても遜色がないとのことだが、どうも最近気になることがある。  たとえば今、娘は古典文学の授業をアリスに見てもらっている。内容を朗読し、その解釈をアリスから学ぶ。 「この作品のエッセンスは、つまるところ『足るを知る』ということになります。いくら好きでも長靴いっぱいに入っている好物を手に入れたらそれだけでお腹いっぱいになってしまうことでしょう。人間の欲求に際限はありませんが、それを戒めているのです」  リビングのコーヒーテーブルでタブレット端末から娘が授業を受けている。私は同じリビングの少し離れたダイニングテーブルで朝食後のコーヒーを飲み、ネットニュースを眺めているところだった。娘から「あまり見られると集中できない」と言われたので、あくまでテーブルの上のノートPCを眺めているが、耳だけは娘とアリスの会話を聞いていた。今日の授業ででてきた作品については知らなかったのでインターネットで調べてみたけれど、たしかにアリスの解釈は複数の専門家の意見と照らし合わせてみても正しいもののようだ。 「ねえアリス、粥はわかるけど、芋ってなに?」 「はい、芋とは、かつて日本で食べられていた根菜の総称です。いくつかの種類があります。さつまいもは甘くて柔らかい食感が特徴です。じゃがいもは世界中でたべられていた芋で、主に揚げたり茹でたり、焼いたりして食べられています。ほかにも、里芋やタロ芋などがありますが、この作品の場合はさつまいもを指しているものと思われます」 「さつまいもって甘いの? おいしい?」  娘はさつまいもも食べたことがないのだ。そう思うと胸が締め付けられた。誤解してほしくないのだが、うちが貧乏だから、あるいは食育に関心がないからさつまいもを食べたことがないのではない。確かに我が家は大富豪ではないが、一般的な中流家庭だし、私も妻も娘の教育に関して常日頃気にかけている。それでも入手できないものは入手できないのだ。 「私は人工知能ですので実際に食べたことはありませんが、さつまいもの甘みを利用して様々なスイーツが開発されています」 「たとえば?」と娘。 するとアリスの声がそれまでの声色と少し違う硬い声に変わった。 「ADプラグインを検出しました。アドモードに移行します。よろしいですか?」
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