SEASON

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 幼い頃の記憶  まっさらなマウンドに真新しいグローブとスパイクに身をまといキャッチャーミットを構えたおじいちゃんに夢中になって投げ込んだ。  ナイスボール久留美。  その顔は少年のように輝いていて嬉しそうにいう  久留美はいいピッチャーになるぞ  朝が来たうっすらと目がさめる 「またあの夢か」  ベッドの上でつぶやく  今日は、四月二十一日。大学一年の春、時刻は六時三十五分。目覚まし時計が鳴る五分前。  身体を起こすとカーテンの隙間から差し込む朝日が目に入りまぶしさにめをそらす。 「軌跡か」  自分の投じた一球が朝の日差しのようにひかって見えるのだとおじいちゃんは教えてくれた。その光が見たくて長らく野球をやってきたけどわたしには、見えなかった。 「結局、わたしには無理なのかな」  冗談ぽくわらってみる。苦笑いにしかならなかった。泥にまみれて白球を追いかけるくらいなら料理のひとつくらい覚えた方がいい。おじいちゃんは、甲子園にエースとして出場して準優勝をした。  大学進学後も野球を続け神宮球場でも投げた。肩を壊してプロには行けなかったが、社会人野球で打者として活躍した。野球に愛された人生を送った人だった。  私はそんなおじいちゃんの孫だ。父は野球が得意じゃなくておじいちゃんの経歴のプレッシャーから逃げるように勉強に打ち込んで某有名企業の重役だ。  私は野球が好きなのだろうか。  すぐに好きといえない自分がいる。 「限界なのかな」 ふと視線は部屋の奥へ向けられる。そこには机があって教科書や参考書とならんでメダルやらちいさなトロフィーやらが無造作に置いてある。中学生のときシニアリーグに入った私は、全国の最優秀投手に選ばれるほどの活躍をした。でも高校生になった頃、私は努力ではどうすることもできない壁にぶつかった。周りの男の子は、どんどん身長が伸びてごつごつしたたくましい身体になっていくのに対してわたしの身体はどんどん丸みを帯びていった。日に日に突き出てくる胸が恨めしくなった。  机の横には大きなスポーツバックがある。ジッパーは開いていて使い古したグローブがこちらを覗いていた。べッドから降りて恐る恐るグローブを手に取ると。夢の余韻でおじいちゃんの幽霊が出てきそうで震える。グローブをはめて狭い部屋の中で投球モーションにはいる。軌跡は見えないそんな奇跡が起こるはずもない。試合じゃないのだから当たり前なのか、それともわたしには見えないのか。 「おじいちゃん。わたしにはやっぱり見えないよ」  目覚まし時計が狭い部屋に鳴り響く。
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