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自称AIロボットみみこちゃんが我が家に来たのは、今から一週間前のことである。
午前四時頃に元気よくチャイムを連打し、半ギレで出た僕が見たのは、黒い髪をツインテールに結んでいる可愛らしい女の子だった。
「こんばんは、みみこです!」
それを言うならおはようございますじゃないだろうか。まったくついていけない僕に、みみこちゃんはペラペラと自己紹介を始めた。
何でも三ヶ月ほど前に応募した『アナタの家にAIが来る!? 最新美少女ロボット抽選企画!』というものが当たったらしい。
そういえば、Wチャンス賞の図書カード500円分を狙って応募したのだ。まさか当選するなんて。
どうにか帰ってほしかったが、みみこちゃん曰く返品不可らしい。
仕方なく同居を始め、今日で一週間が経つ。
みみこちゃんはとんでもなくドジだった。ドジっ娘メイドは可愛いなぁとかそんなレベルではない。
どれくらいドジかというと、過失で家が焼失してしまうくらいにはドジだった。
マンションの一室は見事に丸焦げ。不幸中の幸いだったのは、両隣の部屋に被害がなかったことだ。
途方に暮れた僕は、焦げてチリチリになった髪を指に巻き付けて遊ぶみみこちゃんを見た。
「何か言うことない?」
「今日の夜ごはんはカルボナーラが食べたいです!」
「駄目だこりゃ」
僕はみみこちゃんと一緒に、ファミレスで夜ごはんを済ませた。みみこちゃんは念願叶ってカルボナーラ。僕はきのこ雑炊だ。美味しい。
食べ終わったみみこちゃんがデザートを追加注文しようとするのを止めて、僕は尋ねた。
「みみこちゃんってAIなんだよね」
「そうですよ!」
「人間より頭の回転が早かったりする?」
「当たり前です!」
「じゃあどうして火事になったのかわかるかな?」
「コンロの火を消し忘れたからですね!」
「どうして忘れたのかな?」
「うっかりしてたからですね!」
うぃ〜んと音を立てて配膳ロボットがやって来た。空の器を下げていく。
「あ、ご主人様! 今あのコ見てましたね!? 浮気ですよ浮気!」
「いやぁ上手いこと運ぶなぁと思って」
何せみみこちゃんは持った皿をテーブルに運ぶ前に七割方割ることで有名だ。無事な皿を奇跡の皿と呼んで崇めるくらいには、我が家では皿の損壊度がえげつなかったのである。まぁ皿も我が家ももうないんだけど。
ぶくぶくぶく。何の音だろうと耳を澄ましてみた。みみこちゃんのメロンジュースが泡立つ音だ。
自分だけドリンクバーを頼んだみみこちゃんが、「わたしオレンジジュース大好きです!」と言って持ってきたものだ。メロンソーダじゃない?と聞いたら「だから何ですか?」と真顔で言われたのでちょっとショックを受けた。火事よりマシなのでよしとしよう。
「みみこちゃん、君が来てからというもの、皿はほとんどなくなったし家は燃えたしドリンクバーだって飲めなくなってしまった」
「わたしは飲んでますよ!」
「一人分しか頼めなくなってしまった」
言い直した。日本語って難しい。
ぶくぶくにこにこ笑うみみこちゃんに、僕は続ける。
「なのに正直言うと、実はちっとも怒ってないんだ。ことあるごとに邪魔されているはずなのに。たぶんそのキャラのせいだろうね」
みみこちゃんは何もわかってない顔で「そうですね!」と元気よく返事をした。みみこちゃんはいつだって元気いっぱいだ。
僕が苦しくて死にたいしか言わなくなったときも、全部嫌になって練炭やロープを買ってきたときも、みみこちゃんは元気いっぱいに僕の邪魔をしてくれた。僕の独り言は皿を割る音に掻き消されたし、練炭とロープは家ごとなくなってしまった。
あのまま燃える家にいれたらよかったのに、みみこちゃんは元気いっぱいに僕を抱えて飛び出した。
助けられたときにはあったはずの怒りや悔しさは、カルボナーラ食べたい音頭(作詞作曲みみこちゃん)を延々と聞かされ続けることですっかり消えてしまった。
「AIってさ、やっぱ凄いんだね」
「そうですね! あれ、ご主人様、泣いてるんですか?」
久しぶりのファミレスごはんは、なんだか馬鹿みたいに美味しくて、気が付けばポロポロ涙がこぼれていた。
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