赤い糸白い糸

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 カチャリ。  うちの玄関の鍵はどんなにゆっくり回してみても、シンと静まった部屋の中に音が響いてしまう。 「里香(りか)、随分遅かったじゃない」  姉の声に私は慌てて顔を上げた。 「6月で退職した人がいて、今凄く忙しいんだよ」 「ふーん」  姉は顔を近づけると、眉間に皺を寄せた。 「アルコールの匂いがするわね」 「仕事終わりに職場の仲間と居酒屋に寄って晩御飯を食べてきたの」  私は予め考えておいた嘘をつく。  姉には私が婚活中だということは内緒にしているのだ。 「最近多くない?」  姉は疑わしげに目を細めてみせた。 「だから忙しいんだって」  自分は好き放題やっている癖に、昔から姉は私の行動に口を出したがる。 「こんなに頻繁にお酒を飲んで帰ってくるなんて、随分楽しそうな会社ね?」 「そう思うんなら、お姉ちゃんもそろそろ仕事始めれば?」  私の言葉に、分が悪くなりそうだと思ったのか、姉はすごすごと自分の部屋に戻っていく。  彼女は1年前に離婚して実家に戻ってきている。  仕事もせず、ろくに家事もせず、やることといったら、私の行動を管理したがることぐらい。  姉が結婚してやっと自由な生活ができると思っていたら、また子供の頃の窮屈な生活に逆戻りだ。  私は自分の部屋に戻ると、婚活アプリを開いた。  こんな家、早く出て行かなくちゃ。
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