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訪れたイタリアンバルは、五つほどの小さなテーブル席とカウンターという小ぢんまりとした造りで、オレンジ色の灯りと程良く使い込まれた様子の調度品が、居心地の良い空間を作り上げていた。
「アルコールはどうしますか?」
元永さんは、低く穏やかな声でそう尋ねた。
「頂きます」
「……実は、普段ワインはあまり飲まなくて、良くわからないんですよ」
眼鏡の奥の黒い瞳は誠実そうで、先ずは好印象という感じだ。
「私もです。お店の方にお勧めを訊いてみましょうか?」
「そうですね」
元永さんは一重瞼を細めて微笑んだ。
その後は、好きな音楽の話だったり、週末に訪れる山の話題なんかでそこそこ話は盛り上がった。
そして後はデザートと食後のコーヒーというタイミングになって、私はいつもの質問を元永さんにぶつけてみた。
「元永さんは、運命ってあると思いますか?」
彼はその黒い瞳にほんの少しだけ驚きの色を映してから、首を傾けた。
「それは……。赤い糸的な、ってことですか?」
「はい」
「うーん……。どうだろう……」
元永さんの真剣な眼差しがダークブラウンのテーブルの上に向けられる。
私は思わず膝の上で重ねた自分の手を握りしめた。
「すみません。今までそんなこと考えたこともなかったです。……花井さんはどう思われますか?」
「わからないんです。だから、色々な人に訊いてみてるんです」
「なるほど」
「昔、『ピアスの穴を開けたら白い糸が出てきて、引っ張ったら失明しちゃった』って話あったじゃないですか? あれと運命の赤い糸って似てるな、って思うんですよ」
私の言葉に首を捻りながらも、その黒い瞳は真剣にこちらに向けられている。
「……都市伝説的なってこと?」
「うーん。そういうことではないような……」
私が首を傾げたところで、美味しそうなドルチェが運ばれてきた。
『パンナコッタと季節のジェラートの盛り合わせでございます』
「うわぁ、美味しそう」
甘い物はやっぱり別腹だ。
パスタとピザをたっぷり堪能した筈なのに、真っ白なお皿の上で艶を放っているパンナコッタを目前にして、私は思わず声を上げてしまった。
添えられているソースはベリーだろうか、真っ白なそれに赤いソースが映えていて、コントラストも美しい。
「では……、次回までの宿題にさせてもらえないでしょうか?」
「えっ?」
溶けないうちに、とマンゴージェラートを急いで口に運びながら、私は顔を上げた。
「運命はあるのか、と赤い糸と白い糸の類似点について」
元永さんがコーヒーカップを傾けると、ふわりと白い湯気が踊る。
「……はい。よろしくお願いします」
マンゴーの甘味に口元を綻ばせながら、私は頷いてみせた。
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