赤い糸白い糸

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 透明なアクリル板の向こうで優雅に泳ぐ魚達の鱗がキラキラと揺れている。  日曜の水族館は混んでいたけれど、照明が抑えられている館内は、ふたりの間に適度な親密感を与えてくれる。  こんなデートらしいデートは何年振りだろうか。  私達は水中の魅惑的な世界を堪能した後、水族館近くのカフェで休憩することにした。 「宿題の答えですけど……」  元永さんが手にしているアイスコーヒーのグラスが、カラカラと涼やかな音を立てる。 「えっ?」  婚活アプリを始めて以来の話までいった男性は元永さんが初めてだったから、一歩前進、とは考えていたけれど、ちゃんと答えをくれるとは思っていなかったので、正直驚いた。 「次回までの宿題」とかサラリと言えちゃうところとか、真面目そうに見えて意外と遊んでいるのかもしれない、と思っていたくらいだ。 「引いてみなければわからない、とかそういった感じでしょうか?」  姉から白い糸の話を聞いたのは、確か私が中1の時だ。  自分で自分の視神経を切ってしまうという衝撃的な場面を想像して、当時の私は震え上がったものだ。  けれど散々人をビビらせておいて、姉はそれから数年後、ちゃっかりピアスの穴を開けていた。  純粋だった少女時代を思い出し、私は穴の開いていない耳たぶにそっと手をやった。 「運命の赤い糸も手繰り寄せてみなければ、どこにいるかもわからない相手と出会うこともない、ということかな、と」  この数日間、私が口にした意味のわからない質問を真面目に考えてくれていたのかと思うと、何だか元永さんが可愛く見えてきた。  でも……。 「耳たぶに視神経が通っていないのは事実ですから、『引いてみなければわからない』っていうのは、無理があるような」 「確かに……。そうですね」  私の意地悪な返事にも、嫌な顔をするどころか、元永さんは真剣な表情をテーブルの上に向ける。 「では……、引くことに意味がある、とか?」 「くじ引きみたいですね」 「うーん……。では、そもそもそんなものは最初から存在しない、とか?」  赤い糸も白い糸も最初から存在しない……。  人生は選択の連続だ。  自分が選択してきた結果が、ということだ。  姉も私も……。  でも、私は今まで本当に自分で自分の人生を選んできただろうか……。  進学する学校は、将来の為だからと必ず姉よりもワンランク上の学校を受けさせられた。  初めて男性とお付き合いをしたのも、姉の紹介だ。  その後付き合う相手には必ず姉のチェックが入り、お眼鏡に適わなければ、別れさせられたりもした。  新卒でベンチャー企業に就職し、あまりのブラックぶりに速攻で転職した姉は、保険会社か金融機関に就職するよう私に強く勧めてきた。  私が人生の岐路に立つ時、決まってそこにあるのは、姉の厳しい顔だったような気がする。 「あ……、すみません」  つい黙り込んでしまった私に、元永さんは慌てて頭を下げる。 「いえいえ。私は別に、運命の赤い糸を信じる純粋な乙女とかじゃないですから」
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